『今日は外食にしよう』 絵文字なんて気の利いたものは一切排除されていたけれども、ロロにはそのメールが色とりどりに縁取られて輝いて見えた。兄さんのくれたストラップがチカチカと太陽の光を反射させて、ロロは眩しげにゆっくりとまたたくともう一度小さな液晶を覗き込む。 何が嬉しいって、すべてが嬉しかった。送信者の名前がルルーシュなことも、ロロがこの世に生まれたことまでも。 (行く、行きたい、すぐ行こう!) けれども夕食にはまだ早い午後ティーの時刻に、メールできた誘い文句に電話で即座に応えるのもうっとうしいかなとロロは思いなおす。 ルルーシュが自分にメールをくれたことがそもそも嬉しいし、誘ってくれたことが嬉しいし、何より自分という存在を忘れていないことが嬉しい。嬉しい、ルルーシュの中にちゃんと『ロロ』という人間が存在している、それがとても嬉しい。 ロロは満面の笑みをパッと開かせて、返信ボタンを押した。何と打とうかなと考えて、『う』とか『にいさ』とか打ってはその度に消してしまう。もっと上手い回答方法はないものか。あくまで家族的に兄弟として家庭的に誘われた夕食の誘いに、何でもないようなふりをして返す方法。けれどもそこに実はとっても嬉しい!という気持ちを込められて、けれどもくどくなくて、相手に悟られないような……ロロはうっ、と肩をひきつらせた。 (そ、そんなの僕には出来ない!) ロロの気持ちを全て込めたら気持ちの悪い長文メールが一通出来上がるのは目に見えている。だからって、『うん、いいよ。何処にする?』じゃあんまりだ。何があんまり、って、ロロの気持ちが充分伝わらない気がする。十五次以内じゃそっけなさすぎる。ルルーシュが少しでもカチンときたら嫌だし、ロロはこのメールがとっても嬉しかったからその気持ちを返信メールに込めてみたい。けれども、『本当にどうもありがとう、僕はこの世に生まれたことを感謝したいくらい今すごく嬉しいです兄さん以下略』なメールを送りつけても兄さんはカチンとくるどころか、その場で数歩後ろに下がるだろうし、もっと悪ければ悲鳴を上げて携帯を放り出して周りの人間に奇異な目で見られることだろう。そんなことはプライドの高い兄さんには耐えられない屈辱だろうし、ロロだって大好きなルルーシュにそんなことはさせられない。 「ああ、どうしたら!」 ロロは白い細い指で拳をつくってテーブルをドンガシャ打ち付けた。 良好な人間関係のつくりかた、なんてロロは人生で一度も考えたことなどなかった。それがあだになっている気がする。みんなが出来る普通のことがどうしても出来ない。だって、普通にそれをこなしてこなかったのだから。人間関係などわずらわしいと思う間もなく不快に思えばすぐに相手を殺してしまっていたし、大体築きたいと思うほどの――ルルーシュのような人間に出会えなかった。それが一番の問題だ。 ということは、このメールを返すには、ロロは今から赤ん坊に返ったつもりになってルルーシュのような人物と人生をやり直すしかないのではないかとロロは閃いた。それは実に良いアイディアだ。タイムマシンさえあればすぐに実行に移しただろう。みんなと同じように十数年というときをかけて人との友好関係のつくりかたを模索する。自分には与えられなかった時の過ごし方だったから、それはとても魅力的にロロには思えた。 けれども、ロロはそこで思案にふけるために机を叩くのをやめた。 (……兄さんみたいな人を見つけなきゃ) ロロが完璧な友好関係を築きたいのはルルーシュただひとりなわけで、ということは、ルルーシュのような人間との友好関係の築き方、を学ばなければならないわけだ。逆に言えば他の人間など知ったこっちゃないから、それはルルーシュにだけ通用するものであればいい。 練習相手がルルーシュのような性格ならいいのだろうか。それとも、外見も同じような? (僕は兄さんのどこが好きなんだ?) それはやっぱりロロにやさしくしてくれるあの性格だろうとも思ったが、ロロは残忍なルルーシュも好きだし、賢いルルーシュも好きだった。とりあえず、ルルーシュの性格すべてが好きだ。考え方も話し方も、声も好きだし、思案しているときの顔も好きだ――顔も好きということは、外見も好きということだろうか? もちろん外見すべて好きだ。 ならば、性格はもちろんのこと、容姿のてんでもルルーシュにそっくりな人物でないと練習相手は務まらない。 なぜなら、ロロはルルーシュの顔を見るだけで逃げ出したくなる衝動に毎回毎回駆られるからだ。大好きだから顔も見れないし、手にも触れることが出来ない。けれどもそれが致命的なミスであることをロロはじゅうぶんわかっている。ルルーシュのあの声で囁かれると何でもしたくなってしまう……ということは、ロロはあの声も大好きなのだ。 (たしかに、僕は、兄さんのすべてが好きだ。何からなにまで) どれかひとつでも欠けていたら嫌いになる、というわけでもないが、ロロは彼のすべてが好きだった。なので、ルルーシュの中の何かがひとつでも欠けていたら明らかに不信感を覚えるだろう。 (つまり、兄さんに何からなにまでそっくりな人間?) ――いるはずがない。いたら、むしろお目にかかりたい。ルルーシュと同じ雰囲気をまとい彼にそっくりで同じような話し方をして……ドッペルゲンガー? もしいたとしても、この十数年という年月のなかで一度もお目にかかれなかったものに、メールの返信をするまでに出会えるとは到底思えない。 それにそんなにそっくりな人間がいたら、ゼロが世の中にひとり増えてしまう気もする。 そんなことを真剣に考えていると、十分が過ぎてしまった。 早く返事をしなければ、ルルーシュはロロの返事に気付かないまま携帯電話を放置してしまうかもしれない。ルルーシュからのメールが一通でも欲しいロロにとって、返事がこないというのは致命傷だった。 (あ!そうだ!) ギリギリでルルーシュに完璧な返事を送る方法を思いついた。ので、兄さんにも協力してもらおうとロロはポチポチとボタンを押してメールを書いた。 『兄さん、いっしょにタイムマシンに乗ってやりなおしましょう』 これでよし!絵文字も使わないで、平静さを装ってなおかつシンプルにまとまっていて長文のようなくどさもない。それに夕食のことなど普通に流せてしまっているにもかかわらず、ルルーシュに深い愛を説いている。完璧だ。(……とロロには見えた。) パチンとロロは携帯をたたむ。いそいそと紅茶を入れなおすふりをしながら、ルルーシュの返事をいつまでも待っていた……。 |
20080728『ロロの憂鬱』
すみません…。
ルルーシュもびっくり!
こんなロロも可愛くていいなと思ってたんですけど、書いてみたら想像以上にキモくなってしまいました…
もっと可愛い恋するロロになるはずだったのにorz