少しでも近くに、少しでも声を、少しでも心を、少しでもあなたを――たった少しでもたった少しだけでも、与えて与えられて求めて求められたい。 何かを彼に残してあげたい。ギアスを使いすぎたこの体が、彼と同じときを何十年も添えれるわけではないと告げている。だから、出来ればせめて、彼がロロなしで生きるその何十年もの時間の中でロロを思い出してもらえる何かを残したい。ロロをしあわせにしてくれたように、彼にもしあわせになってもらいたい。――ロロなしでしあわせになるなんて許せないという相反した気持ちがあるけれども、それはそれ、やっぱりロロは兄さんにはしあわせになってもらいたい。世界でたったひとり大切なひとだから、ロロの精一杯の大切をあげたいのだ。 「空が光った」 「雷だろう」 「うん……」 ゼロとして会議に出ていたせいで遅い夕食についているルルーシュは大きな窓を背にして興味なさそうに答えた。ロロは手持ち無沙汰に、冷めた料理を黙々と口に運んでいるルルーシュに温めたコーヒーはどうかと聞いて断られた。 「きょ、今日の成果はどうだったの?」 「じょうじょうだ。むしろ明後日の会談の方が重要になるだろうな」 「そ、そう……」 「そうだ」 ルルーシュはロロと会話をする気がまったくないらしい。ロロもロロで、上手に話題を提供出来るわけでもなく、それでああそうなのと語尾を小さくしていくしかなかった。そうでなくてもルルーシュの前にいるとロロの心臓は早鐘のように激しく動いて痛くて会話どころではないのに、そこにルルーシュに嫌われたのではという胸の傷みが加わるとロロは上手に息も出来なくなってしまう。それで、ただやっぱり黙るしかなかった。 「あ、また光った」 それでただルルーシュを見つめることになる。そうすると後ろの窓に広がる暗闇がよく見えた。返事は返ってこない。 雷だろうか?それにしては、小さな光だった。 「ああ――流れ星だ。珍しい」 「流れ星?」 呟きに怪訝そうな声が返ってきた。ロロはびっくりして振り返る。 「う、うん。ほら、……なかなか降ってこないね」 「流れ星なんて、そんなもんだろう」 「でも、」 「で、願い事はしたのか?」 雑誌を広げて黒の騎士団の記事を少しでも見つけると付箋をつけながらルルーシュはサラダのレタスを器用にフォークに刺していく。 「願い事?」 「流れ星が流れている間に三回願い事を言えると叶うと言うだろう?」 「そうなの?でも、一瞬だったよ」 「それは……簡単に願いがそう叶うわけないだろう。言えないように難しくされてるんだ」 「そ、そうだよね」 ロロは立ち上がって窓辺に歩いて行く。ルルーシュを背中に窓に手をついて外を眺めた。夜の空は曇っていて、星も見えない。――本当に流れ星だったんだろうか?小さな光も見えないこんな空に、些細な光が流れていくのをロロが見つけられるだろうか? 「願いって簡単に叶わないかな」 「叶ったら、いいだろうな」 「……」 兄さんの願いは、と聞こうとしてロロは阿呆らしくてやめた。ルルーシュの願いなんて決まっている。ブリタニアを倒すことでも、世界を統一することでもなく、きっとナナリーという妹と小さかったときのように幸せに暮らすことだ。彼はそのためだけにその細い体で、皇族という地位を奪われてもたったひとり抗って生きている。 誰も知らないゼロのちいさな願い。――それがこんなちっぽけなものだなんて誰が知っているだろう? ロロしか、知らない。それは優越感とともに悲しみをもたらした。知ってはいる。けれども、そこにロロが加わらないであろうことはロロが一番よく知っている。 (それとも?) それとも、ロロが献身的に仕えれば、いつかルルーシュはロロをそこに家族としていれてくれるだろうか。ルルーシュの禁域にロロは踏み込むことが出来るのだろうか。けれども、献身的に仕えるロロはすでに家族ではないではないか。友達とも違う。恋人でもない。ただの家来だ。 (僕の願いは……小さいかな) ちっぽけな願い。ルルーシュの中にちゃんと大切な思い出として残るだけ、大切にしてもらいたいだけ、それだけだなんて。 黒の騎士団の掲げる大きな目標もと、ただそれだけのためだけにロロもルルーシュも生きているだなんて、笑ってしまう。誰が考えるだろう。ふたりとも平和な場所と家族がほしいだけなのだ。本当は生まれたときにそれは勝ち得ているはずのものが決定的に欠けてしまっていて、それを補いたいだけだなんて。 「ロロ?すんだから、俺は部屋に戻るが」 「あ、うん」 立ち上がって小脇に週刊誌や新聞を抱えて彼は訝し気に自分を見ているルルーシュにロロは笑い返した。 「何か、面白い記事は載ってた?」 「いや、報告どおりだ。連中は何もつかんじゃいない」 不適な笑みはルルーシュの武器だ。よく似合うとロロは思う。大好きだ。 「兄さんは流れ星を見つけたことある?」 ロロの問いに、ああと軽く頷くルルーシュの頭の中にはきっとナナリーがいる。小さな頃、何処かで見たのだろう流れ星を目を細めて考えるルルーシュの口唇がとがっていて、ロロは思わず横からチュッと口付けた。 「な、何だ?」 「おやすみなさいのキスだよ、兄さん」 そう言うと、ああ、とちょっと困惑気味の納得をしたようにロロを見返すルルーシュの瞳の紫も大好きだ。 「疲れてるんだから、早く寝てよ。睡眠不足はお肌の敵だよ」 「男が肌の心配をしてどうす……」 吸い寄せられるようにもう一度、ロロはルルーシュにキスをした。とろけるような優しさを、ロロは知らない。だから欲しい。いつか流れ星に願わなくてもルルーシュが自分にくれる日を彼は信じている。だけど今は、もう少しだけ近くにいさせて欲しい。 |
20080801『願いは流れる』