グチッ、と音がして両膝をさらに高く掲げられて向き合った。ロロは汗のつぶが睫毛に弾かれるのを感じた。 「兄さ……っ、もっと」 抱きしめたくて上げた両腕が空を切る。やっと届いたルルーシュの肩にすがりつくように爪を立てるとようやく自分の上半身をあげることが出来た。体が重くて熱い。 肩で息をすると、ズズッと中のものが滑ってさらにロロの中へ深く挿さってくるのを感じて、ロロは、あっと声を漏らした。 ルルーシュが抱きとめてくれてロロの背中をぽんぽんとなだめるように叩いてくれた。 ロロは涙がこぼれた。肩で息をしながら泣いた。ルルーシュの首に顔をおしつけて、震えているのは肺が上下しているせいにして、こぼれる汗と涙が混じってしょっぱいのはどっちだかわからなくなる。 自分は、嬉しいのだろうか、失望しているのだろうか、それさえもわからない。 「兄さん……っもっ、すこしこのまま」 「ああ、…大丈夫か?」 覗き込むようにしてくるルルーシュの手が、ロロの栗色の髪をかきあげた。元々細くて量も多いほうではない髪が、ぺたりと額に散っている。白くて今は上気してうっすらと紅色になった額や頬を美しく飾っていた。 「へいき」 こんな風に優しく優しく労わられたことなどなかったから、ロロはそれだけで泣き崩れてしまいそうだった。 月明かりが大きな窓からベッドを照らす。小さい頃見ていた月は何処がロマンチックなのかを理解することが出来なかった。物語りの中で輝く世界をロロは自分の物として感じることが出来なかった。 人というものは、敵か味方の二通りしかいなかった。ロロを害するか、容認するか、それだけの差で、その敵というのもほとんどがロロ以外の意思で分けられたものだった。ロロにとって他人は、世界と変わりがなく、そのほとんどがどうでもいいものだった。 希望というものは世界の外側にあって、ロロにとっては手の届かない美しいものなのだと漠然と思っていた。ふつうの世界とロロのいる場所がとても違っていたから、それくらいは認識できていたから、ロロは諦めていられたものがたくさんあった。求めることなど、無意味なのだと。 「兄さん……」 「痛いか?」 「へいき」 「無理するなよ」 「平気だって」 短い会話の往復がやわらかく流れていく。 シーツをはじめてシーツとして認識した夜、ロロの手は震えてそれを握り締めていた。 ルルーシュはなるべく動かないで我慢してくれているらしい。そっと壊れ物に触れるようにためらうように背中を撫でる手から発せられる熱がロロの心に溶け込んでくるようだ。 (しあわせ、しあわせって言うんだ。これ。知ってる) しあわせが、欲しかった。 どの物語りにもあらわれる、しあわせ、という単語の意味が知りたかった。 けれども、ロロはすべて諦めていたのだ。暗い世界。ひとの命は物語の中ではこんなにも尊いのに、ロロの周りではそれはあっという間に散るか利用されるだけのものだった。ロロは、だから、思っていたのだ。 (幸福なんてまがいもの。)(希望なんてまぼろし。)(愛なんてうそ。) 開くページ開くページ塗りつぶされていくロロの持っていないもので溢れる世界。それが許容された外の世界。ロロにとっては絶対に手に入らないもの。欲しかったもの。 「兄さん、いいよ、もう平気」 「ロロ…っ」 「……ぁっんあぁ」 ルルーシュに抉り取って欲しい。自分の一番奥を、自分の限界を知らせないように。 ルルーシュに会って、ルルーシュの生活の中に入って、初めて、ロロは自分の世界がキラキラと輝き始めていくのがわかった。 あまりにも自分の現実と離れた場所で生活していたルルーシュ。自分を大切な兄弟だと思い込んだルルーシュ。兄弟とはこんなにも優しく温かく接してくれる存在なのだと、家族とは、帰りたい家が出来たのだと、ロロはウソのような気持ちだった。 繰り返される日々が、毎日がはじめての連続だった。諦めていたものが目の前に転がっていた。誰でもご自由にお幸せになりなさい、とありふれたもののようにロロにも無限に降り注いだ日だまり。 初めて、失いたくないと思ったものが出来た。初めて、はじめて、はじめて。 「兄さ……好き、好きだよ」 「ロロ……」 「兄さん」 背中に爪を立ててすがる。ルルーシュがいなくなれば、それが全てなくなってしまうだろう。まがいものはロロの方だ。世界がウソで出来ているわけではない。ロロの存在が嘘なのだ。空虚な自分が必死に演じる『弟』という立場を失えば、ルルーシュというロロをこの世界に繋いでくれたものがなくなれば、ロロの元からすべてが消え去ってしまうだろう。 ルルーシュが中を擦る感覚が好きだ。 ルルーシュがロロの中に入る瞬間が好きだ。 痛いくらいの絶望が好きだ。生きている、ロロはここで生きている。必死に息をしている。ロロはここで不幸を感じている。 (幸福なんてまがいもの。)(希望なんてまぼろし。)(愛なんてうそ。) 小さな頃支給された絵本を破り捨てる代わりに唱えた言葉が頭をずっとグルグルと回っている。 自分にとっては外の世界。外の世界はしあわせで溢れていた。そう思っていた。けれど違った。幸せには果てがない。その果てへたどり着けなければどれだけ幸せでも物足りず、どこまでも人は孤独で不幸せなままなのだ。 そうして、その果てには一生届かない。 この世界で生きるルルーシュですら孤独だ。孤独で不幸だ。だから、自分はずっと傍にいる。何処までも一緒に行く。自分のようなひとりぼっちにどうして出来るだろう。自分が悲しくて寂しくて死ぬことすら選べなかった暗闇の世界へ、光の世界しか知らなかった彼を、どうして導けるだろう。 「もっと、兄さ…っもっと」 急かすたびにルルーシュの頬を零れ落ちていく汗がキラキラした。首筋に伝うそれをロロは舐め取ってその塩辛さに涙が出た。 「……ぅっ」 「に、いさん」 「……ごめん」 下腹部にじわりと熱さを感じて、ルルーシュのものが中で小さくなったのを感じた。ロロは精液を受け止めて息を詰める。 ルルーシュは息を整えると、小さく謝りながらロロの腹までそったものを指で絡めて擦ってくれる。上下されると背筋が震える。 「…あっ、やっ」 中にまだ入ったままのルルーシュと、きっと白い液体をロロは締めるようにして外からの刺激に身を任せた。中にルルーシュが入っているのだと思うと、すごく興奮する。ルルーシュもそれをわかっているのか、いつもロロの中に入ったままロロをイかせてくれる。ロロは中だけではイけないから。 「んっ」 ロロは思う。 抱かれれば、この身を誰かと繋げれば、兄さんと抱き合えば、何かが変わると漠然と思っていた。 セックスはロロの中の眠っていた何かを起こしてくれて、求めていた何かをロロの前に提示してくれるのではないかと思っていた。 けれど、ただ抉られただけだ。自分という存在があまりにもちっぽけでただの人間でしかなく、けれどもひとの温もりが心地よいものだと知るだけのひとつの運動でしかなかった。 ロロは絶望した。そこには何かが隠されていると思っていたからだ。最後の希望が入っていると思っていた。最後の外の物語だった。特別なものという認識。――それがバラバラになった。 変わったのはひとに触れたくてたまらなくなった自分だけだった。ルルーシュにもっと求めて欲しくなった。ただもっと強欲になった。絶望した。幸福だったけれども、世界の果てを知ってしまった。そうして、果てのない幸福を求める貪欲な心と。 「兄さん、兄さん、好き」 「…そうか、」 「好きだよ」 「繰り返すな、恥ずかしい奴だな」 「好きなんだもん。好きだよ」 「まったく」 「ふふ、照れてる」 「寝るぞ」 「やだよ」 何処までも一緒に行く。ルルーシュに見限られたらきっと死にたいと思うだろう。そこが本当の絶望なのだとロロは知っている。だから、この胸の傷みなどなんでもない。ロロがただの人間であったことなんて何の不幸でもない。今までロロは小さな世界で生きてきた。ルルーシュに出会って世界の広さに愕然とした。壁が取り払われた世界は何処までも窮屈だった。想像していた面白いことなんて何ひとつないように見えた。けれども、ルルーシュは最後の、ロロにとって最後の希望だ。ロロには見えない世界を生きていく人。それが似合う人。いつまでも、傍にいたい。ルルーシュの傍にいれば、ロロは絶望せずにすむだろう。 ロロはしあわせだ。ルルーシュのそばに入れて幸福だ。愛をくれるルルーシュが好きだ。過去をやりなおしたい希望に満ちたルルーシュが大好きだ。 (それは嘘なんかじゃない) きっと、ロロにとって、それは死ぬまで。死んだ後も。ルルーシュの腕に抱かれて眠った温かな夜は全てほんものだ。 |
20080808『交差線』
もっと色っぽく書ければ。時間あったら訂正します。