嚮団を潰したとき、ああもう帰る場所がなくなってしまったのだ、とぼんやりとした。涙が出るほどの悲しみは感じなかったけれども、寂しさも、何も感じなかったけれど、ぽっかりとした喪失を感じた。心のところどころに穴が空いて、そこに思考が及ぶと突き止まってしまってだからぼんやりとするしかなかった。
――帰る場所、故郷、
ロロにとって言葉にすれば嚮団はもしかしてそういう単語で表されたところだったのかもしれない。
けれども、大切な場所だったかと聞かれればそれはどうだろうと首をかしげるしかない。別に良い思い出もないし、そこに所属していたからただ『いた』のだというその事実しか残っていない。
一緒に暮らしてきた小さなギアスの保有者達を殺すときも特にはためらわなかった。子供だから見逃せるかと言えばゼロのためにそんなことは出来ないし、彼らはきっと死にたくなかっただろうけれども、特に生きたいとも思っていなかっただろうとロロはわかっていたから、ためらう必要を感じなかった。生きることも死ぬこともどうでも良い場所だった。大切なことだと教わらなかったから、それまでのことだった。重要なのは上の命令に従うことであって、ロロの感情は二の次。それで良かった場所だったから、変なことだとも思っていなかった。
けれどもそこを喪失した。戻る場所がなくなってしまった。ロロはぼんやりとした。
――故郷、ふるさと、帰る場所
ロロはなくしてしまった。
(同じように兄さんも、それをなくしたんだ)
兄さんも母親が死んで、ナナリーもいなくなってしまって、帰る場所も何もない。けれどもルルーシュはロロと違って今でもその場所を切望している。帰りたくて帰りたくてもがいて腕を振り回して他人を巻き込んでも世界を動かしても欲しがっている。
――帰りたい場所。
故郷、ふるさと、いなか、実家、その他どんな言い方でも出来る場所。帰りたい場所、帰ってもいい場所、帰る場所。
ロロにとって嚮団はただ『帰るだけの場所』だった。けれどもこの喪失感。ただその場所を失っただけですらこんなにぽかりと穴を感じるのだから、ルルーシュの負った傷はどれくらいだったのだろう。想像することも憚った。
『帰りたい場所』、ルルーシュにとってそれはどんな場所だったのだろう。ロロがそこにいないことだけは明白だけれども、ナナリーがいることは明白だけれども、どんな場所なのだろう。
世界さえも動かしてしまうルルーシュの今の力ではきっと簡単に実現させることが出来るだろう。けれどもそれはもう――ルルーシュが帰りたい場所ではないのではないだろうか。ルルーシュが欲しいのは、ルルーシュが帰りたい場所というのは、きっとそんな力で手に入れることの出来るものではないのではないか。ルルーシュはもし今のゼロのまま突っ走っていって、世界を手にしたのならどうするつもりなのだろう。目標とは、達成するものだ。けれども、『帰りたい場所』というのは届くものではない。元々そこに広がっているものではないのか。
ロロはぽかりと空いた心があるという心臓の上に手を置いた。心が、ちくりと痛む気がした。
ロロは、ルルーシュの、ことを信じている。
ロロは、ルルーシュの、帰りたい場所を知っている。
ロロは、ルルーシュの、帰りたい場所になることが出来ない。
ロロは、ルルーシュが今からルルーシュがしようとしていることがもし無謀で失敗するとわかっている命令でも、彼のために命を捨てでも叶えてあげようとすることが出来る。けれども、その先に待っているルルーシュの絶望をロロはこの喪失感よりも強いことを知ってしまった。
ロロだから、こんなに小さなぽかりとした涙も出ないけれども少しだけぼんやりとしてしまうだけの症状ですんだこの喪失を、ルルーシュの胸は心はどうやって受け止めるのだろう。
帰りたくてたまらなくてそこへ帰りたいがために頑張るルルーシュを支えているナナリーは彼を支えきれるだろうか。きっと、出来る。けれどもロロには出来ない。けれども、もしかしたらナナリーですら彼の重みで沈むのではないか。
ルルーシュを思うと涙が出た。たったひとりでもがいている可哀相な兄。たったひとりのロロの兄。ウソでも、偽りでも、ロロにとってはたったひとりだけの家族。
(ああ、――そうか、)
ロロが、何が何でも手に入れたいルルーシュという存在は、そうかルルーシュのナナリーへの愛そのものなのだ。
それがわかるから、ナナリーが憎いし、それがわかるから、ルルーシュの絶望がわかる。
ロロが何としてでも失いたくないルルーシュ、それを失ってしまったルルーシュ、ロロはきっと耐えることが出来ない喪失を必死に取り戻そうとしているルルーシュ。
みんな、同じなのだ。
ロロにとっての『帰りたい場所』とは、ルルーシュと住んだあの家だし、過ごした学園だし、ルルーシュそのものだ。
帰りたい場所、欲しいもの、根底ではすべて繋がっているのだ。
何という孤独だろう。欲しいもののためにもがき、それでも失い、きっと人生全てがその戦いに費やされるのだろう。ロロが始終こころ休まることがないように。
けれどもルルーシュが絶対にその場所を諦めないように、ならば、ロロも諦める必要がないのだろう。ルルーシュが欲しい。いつでもいつまでも傍に行きたい自分のためにルルーシュを手に入れたい。ずっと傍に居て、ずっと彼を支えて、彼の一部になるほどに、彼を故郷に出来るように。――出来れば、たたかいに疲れた彼がやすみたい場所になれればいいと、ロロは涙を拭った。




20080811『ホームシック』