運命が決まっていないとして、それは途方もない絶望だとなぜ感じないのだろう。自分の進むべき道が決められていないとして、それは奈落の底に突き落とされたのと同じだとなぜ気付かないのだろう。
「兄さん、無理なことは無理なんだよ」
「いや、そんなはずはない」
「だけど」
「計算が間違っている?そんなはずは!」
苛立ちで振り回されたルルーシュの腕が、ロロの胸を強く打った。――痛い。一瞬、心臓が止まったかと思った。いまさら少しくらい止まったところでどうということでもないのだけれど。
蹲っていると、ルルーシュが申し訳なさそうに
「すまない。大丈夫か?」
と手を差し伸べてくれる。ロロは笑った。
人間には平等に自由が与えられるべきだと、彼らは叫ぶ。日本人――イレブンは救われるべきだと。ロロはそれには賛成だ。だって、兄のルルーシュがそれを扇動してるのだから。けれども、ルルーシュが声高に叫ばないのならそんなことには興味がこれっぽっちもわかなかっただろうとロロは思う。自由など、まやかしにすぎない。欲しくもないし、不要でもない。
自由を与えられるということはつまり、自らの足で立つことを強要されることだ。今のようにルルーシュの手をこうやって握って立たせてもらう権利はなくなってしまう。
ロロがこうやってルルーシュに出会うことは、もうずっと前から決まっていたような気がしてしまう。ロロは、ルルーシュ以外にこんな感情を持ったこともなかったどころか、想像したことすらなかった。
今まであんなに空っぽだった心の中にいろいろなものが溢れて、それは心臓が止まることよりもつらい傷みを残していったり、それ以上にロロを幸せにして心配性にさせて不安にさせて優しくさせた。
ルルーシュが優しくしてくれた分、ロロも誰かに優しく出来る気がしたし、ロロが望むことはルルーシュが望むことに変わった。
これが誰かに決められた人生でなく、もしも偶然によってロロが手にしたものだと――想像しただけでロロは背筋が寒くなる思いがする。
ルルーシュがc.c.に会わなければ、ギアスを手にしなければ、ルルーシュの中に復讐という気持ちが芽生えていなければ、妹がいなければ、母親が殺されていなければ、ルルーシュが皇族でなければ、ロロが、この世に生まれていなければ――ロロはこの幸運をつかむことは出来なかった。そんなことに耐えられただろうか?耐える?まさか。まさか、無理だろう。知らなければよかった、なんてそんな次元の話ではない。
偶然のくりかえしでこの世が営まれているとして、その中の幸運をつかむ確率はいくつくらいだろう。そんな途方もない天文学的数字分の1をロロが繰り返してルルーシュに出会ったのなら、そんなことは耐えられない。もしもひとつでも一秒でも一瞬でも選択を誤れば、彼に会えなかったのだとしたら、ロロは、今のロロではありえなかった。耐えられない。そんなことは、有り得ない。
そして、これから広がる選択肢がもしあって、それらを全てきちんとパーフェクトにクリアしなければゲームオーバーになってしまうなんて、考えれば考えるほど心臓が痛い。
人生を誰かが裏で、ロロの裏で、知らないところで決めていてくれないなんてそんなことは耐えられない。自分の肩に乗っかる自分の人生を正確に選択していくという作業を途方もなく繰り返していくだなんて、ロロには出来ない。
ルルーシュはもっとだろう。彼が背負うものは、彼だけの人生ではない。黒の騎士団、イレブン、ブリタニア――延いては世界。それらすべての人生を彼は選択していかなければならない。そんなこと、彼の細い肩に全てのせてしまって、それで彼は潰れないのだろうか。
つらくないはずがない。生きている心地がしないに違いない。
「兄さん、もう諦めてよ、無理なものは無理だよ。兄さんが怪我するよ」
ロロがルルーシュの腕を引っ張ると、血走った目でルルーシュはロロを睨んだ。
「そんなわけあるか!完璧につくったはずなんだ!」
連日の徹夜で神経が逆立っているらしいことをロロは知っていたから、特に怒鳴られてもなんとも思わなかった。それよりも、彼が必死に頭を突っ込もうとしている猫の顔を彼の手から取り上げてしまう。
最愛のルルーシュが三日の徹夜の末に作り上げた猫の着ぐるみはルルーシュの小さな頭をしても入り口が小さすぎて入らなかった。ミレイが突然開催することを決めた学園キグルミデイの催しに使うものだ。
ルルーシュは必死にそれを取り戻そうとする。ロロは苦笑した。寝てない上に、黒の騎士団の計画も同時ピッチで平行していたのでそろそろ頭の中がごちゃごちゃになってきたのか騎士団メンバーの名前を叫ぼうとしはじめた。
「少し、寝ててね」
首の裏をトンと叩くと、ルルーシュは気を失う。ロロは溜め息をついた。ミレイ会長がちょうど生徒会室に入ってきた。
「あら、ルルーシュ寝ちゃったの?それ出来た?」
「もう少しです」





20080813『精密で緻密な図面』