大切なものが出来るまで、人にはそれが何かわからないのだろうか。そんなことはない。ロロにはずっとわかっていた。けれどもそれが自分に完全に欠けていることもわかっていた。
ルルーシュが何をすれば喜ぶのかがロロにはわからなかった。大切なひとを喜ばせたい、ただそれだけの思いなのにロロはいつだってそれを叶えることが出来なくて歯がゆい思いばかりしていた。自分に出来ることはなんだろう、自分には何があるだろう、問い続けてばかりの一年だった。
生徒会の仕事もルルーシュ分いつも多めに引き受けたし、ルルーシュのために裁縫もしたし時には料理もしたし、楽しく語り合ったし笑い合ったし、けれどもルルーシュが本当にそれを喜んでくれたのかいつだって自信がなかった。
本当の「兄弟」をロロは知らなかったから、何処までが許容範囲なのかもわからなかった。
ルルーシュは自分のことを本物の弟だと思っているけれども、だから優しくしてくれるけれども、それを何処まで喜んでいいのかもわからなかったし、だけども無条件で嬉しいロロがいた。
すべて初めてだったから、はじめはとても戸惑った。最初は命令で演じていたけれども、途中から自分が本当の弟だと錯覚して切望して心がズタズタになった。自分を傷つけるルルーシュが憎かったけれど、それ以上に大好きだったから何でも許してしまえた。
間違ってるだろうか。何か、おかしいだろうか。自分に問う。(いいや、おかしくない。)(僕は兄さんの弟だ。)言い聞かせる言葉が何度も頭をめぐって頭がおかしくなりそうだった、そんな日々も続いた。
ときどき、ルルーシュが何かを考え込んでいる仕草を見せることがあった。ロロは本当の弟のように兄を気遣ったし、ルルーシュはありがとうと言った。けれども、それだけだった。ロロは弟だったから、兄であるルルーシュから何も話してもらえなかった。そんなとき、ああ、と思う。自分はこんなにもルルーシュが好きなのに、それは愛なのに、けれどもルルーシュのそれは丸っきり兄弟愛であり、それ以上でも以下でもないのだと。錯覚しそうになる自分を現実に縫いとめるのはいつだってルルーシュだった。
ロロがたくさんもらったもの、それはすべてルルーシュからだった。初めての贈り物もルルーシュがくれた。ロロのアシュフォードでの友好関係もルルーシュがいたからもらえた。たくさん話した。たくさん色んな考え方を知った。それら全てはルルーシュが見せてくれた。自分にたくさんの世界を広げてくれた。――ロロに足りなかったもの、すべて。
大切なものがたくさん増えた。どれも手放したくない。欲しくて欲しくて、だけれどそれが何か知らなかったから手に入れられなかったものをある日いきなり自分の手の中に落とされたのだから、ロロはそれを最後まで抱きしめていたい。
記憶が戻ってからは、がっかりしたけれども、ルルーシュがよそよそしくなったけれども、少しだけ安心した。それ以上に絶望したけれども。
ロロと過ごした一年を、ロロが大切にするようにルルーシュも思っていてくれるだろうか。
あの一年は、ルルーシュにとって安らかなものだったとロロは信じたい。ルルーシュがやっと長年の呪縛であった皇族であったことを忘れてただの明るい優秀な一学生に戻って過ごせた一年だ。つらいことも苦しいことも記憶のフラッシュバックで眠れない夜も、すべて忘れられた一年だ。ロロと過ごした一年だ。
あの日、自分を庇ったルルーシュの手をつかめていたら、とロロは思う。自分なんか落ちてしまってもよかったのに、ルルーシュは庇ってくれた。全てを忘れていたら、ロロのことをこんなにも大切に思ってくれるルルーシュを追い詰めるものが大嫌いだ。それはロロをも追い詰める。
どうして、彼は思い出すことを切望したのだろう。ロロは内心期待したけれども、思い出を取り戻した後もう一度記憶を失いたいとルルーシュは一度たりとも望まなかった。消してしまえば、つらいことも全部忘れてしあわせな日々を過ごせたのに、それでもルルーシュは全て背負うことを決めたのだ。
ナナリーがそんなに大事なのだろうか。母を殺される前のルルーシュの幼少期はもっとしあわせなものだったのだろうか。ロロと兄弟として過ごした日々よりも?
記憶を失っていても、ときどき変な顔をしたルルーシュ。何かおかしい、と人知れず首を傾げていたルルーシュ。
大切なものをルルーシュも気付いていた。それをなくしてしまっても、ルルーシュはずっとそれを探していた。――ロロと同じだ。
ロロももし、ルルーシュが殺されて、記憶を消されて、また嚮団に戻されても、ずっと探し続けるだろう。大切なものが何かわからなくてもロロはその記憶を切望するだろう。ロロにとって何よりも自分の命よりも大切なのはその思い出であって、ルルーシュであって、それは自分以上のものなのだから。もし記憶を取り戻して、ルルーシュが死んだ映像に悩まされてもそれでもないよりはずっといい。(ずっといいんだ。)たとえそのせいでロロが命を落としても。
(兄さんは僕が守る)
ロロは思う。もしもそうなら、ルルーシュは今とても孤独なのではないか。ロロがルルーシュと同じ立場なら死にたいくらい孤立する。ルルーシュはもっと強いだろうと思うけれども、耐えられないのではないか。だからずっと傍にいてあげたいと思う。傍にいて欲しいし、代わりに守ってあげたい。
(僕たち兄弟だもの。)
兄弟のように大切にされた一年があったから、たくさんのことを知れた。ルルーシュがいなければロロは喪失感にだけ悩まされてそれら全てに気付けなかったかもしれない。生きることなんてただ食事をして空気を吸って人を殺すだけの運動だと思っていた。けれども、違った。心があった。たくさんたくさん考えなきゃいけないことに気付いた。ロロに欠けていたものを補完しれくれたのはルルーシュだ。そのルルーシュが欠けてしまったら、どうなるだろう。ロロは身震いした。
(思い出だけにすがって僕は生きてなんかいけない)
それは弱い考えだろうか、それともルルーシュを本当に大切なものだと思っている証拠だろうか。……でも、そんなこと本当はどちらでも構わない。だって、ロロはルルーシュを守り続けるのだから、そんなことは有り得ない。絶対に。




20080821『あるものねだり』