記憶を取り戻してからのルルーシュがナイフを握るたびにロロはいつも肝が冷える思いをする。その刃先がまっすぐ自分に衝き立てられるのを想像して鼓動が早くなる。それが茹でられたカリフラワーや油のしたたる肉に突き刺さるのを見て、やっとロロは息が吸える。
(食事のたびにこれじゃあ、)
そう思ってから、「いただきます」と言う。席に座った瞬間から終わりまで、ロロは自分の皿よりルルーシュの手元を見ていることの方が多い気がする。その方が安心するし、ルルーシュと目が合うたびに微笑いたくなる。


「ロロ、お前、注意力が少し散漫なんじゃないか?」
「え?」
「ほら、飛んでるぞ」


サラダにかけられたドレッシングが真っ白なテーブルクロスに小さな染みをじわりと作った。慌てて拭こうとしたロロの手と、甲斐甲斐しく布巾を取り出したルルーシュの手がぶつかって、その手がさらにグラスを弾いて転がした。

「あーああ、」

ルルーシュは呆れた声を出しながらも何処か嬉しそうだ。元々、人の世話を焼くのを苦とも思っていない節がある。いや、苦と思っているのかもしれないが、そこを楽しんでいる様子だ。世話好き、なのだろうか。けれども彼はときどき、ほんのときどきとても冷たい目で他人を見ることがある。失敗した相手に向かって、認められない相手に向かって、直接ではなくても、思っているだけだとしても見下している節がある。大切なものは大切に扱うのに、どうでもいいものはそこら辺の石ころを見る目ですら直視しようとはしない。――いや、それは正しいのか。人は他人を『好き』と『嫌い』と『どうでもいい』とでしか区別出来ないのではないだろうか。ルルーシュを見ていると、ロロは顕著にそう思う。そして、それをロロはとても悲しく思うのだ。自分だってそうなくせにルルーシュにだけはそうであって欲しくはない。
だから、とても、こういう風に世話を焼いてくれることを嬉しく思う。


「ごめん、……兄さん」
「慣れているから気にするな。ナナ……いや、お前はいつもおっちょこちょいだからな」


ロロは作り笑いを上手に作れたか疑問に思いながら、それから俯いた。所詮、自分はナナリーという可愛い妹の代用品でしかない。
(だけど、今、優しくしてくれるならそれは僕のものだ。『今』は、僕のものだ)
たとえまがい物でも、ロロのものだ。ロロに向けられたものには違いない。その先に何をルルーシュが見ていようと、ロロに向けられた視線を受け止められるのはここにいないナナリーなんかではないのだ。

(ここにいるのは、僕だ)

だから、逆に思う。
ロロはレタス数枚を一度にフォークに刺して口に運ぶ。



(ここにいるのは僕だから)



ルルーシュはある日唐突に間違いなくナイフではなくフォークを選んで、ロロの喉に衝き立てるのではないかと。大切にしたいのも、優しくしたいのも、ここにいるロロではないことにある日唐突にとても漠然としていたものを脱ぎ去るようにして鮮烈に思いついて、今まで言い訳にしていた矛盾や理屈を飛び越えて、ある日唐突にロロを刺すのではないかと。

(そして、僕はその日までここにいる)

ルルーシュの隣で兄弟を演じて、ここにいて、ある日唐突に報いを受ける。



「どうした、ロロ、何を笑ってる?」


兄の怪訝な言葉を受けてロロは自分が笑っていることに気付いたけれども、それを否定はせずにさらに微笑んでみせた。


その辺の石ころとロロが同じならナイフもフォークもロロを刺せないけれども、ロロは違うからルルーシュの刃をこの身に受けることが出来る。それを待つためにロロはここにいる。






20080703『フォークが貫通するやわらかさ』