そう言われてみればルルーシュがロロのことを思い出すときはいつだって映像ばかりが頭の中を支配して、まるでアルバムの中の一枚一枚の写真をなぞるようにしか思い出さない。それもなるべく思い出さないように蓋をして頑張ってけれども溢れ出してきたものをときおり心が折れない程度に頭の中で流してやるだけのものだったから、その中のロロはおぼろげで最期の顔だったり笑顔だったりする。
そうやって封印してきたものをルルーシュはある日ぼんやりと開いてみる気になった。自分がロロを殺したようなものだったから、いくら後悔してもしきれなくて何度も悪夢には見たけれども、やっと少しだけそれにきちんと無理矢理見せられるような形ではなく、向かい合ってみようと思えた。情けないことにそれを拒否することでしか自分を保てなかったルルーシュがいる。なかったことにして、ロロ全てを否定して、そうやってでしか生きることに必死な自分を保っていられなかった。本来ならばあの時すぐそれら全てを悔いて謝罪して……そうしたところで許されるわけでもない当たり前のことだが、そうでもしなかった今のルルーシュよりはマシだったような気がする。それでもそうしなかったのは、頭ではわかっていても心がついていかなかったからだ。認めれば全てがバラバラに切り離されて幾つものルルーシュが本体を責めてそれ以上に、ああそうかロロはもういないのだ、と生々しく思い出される色々なものを自らのうちに溜めていたことをルルーシュは知りたくなかったのだろうと思う。
たとえば今ルルーシュの目の前にはコーヒーが置いてあるが、それを淹れてから大分思案にふけっていたせいで湯気も漂っていなかったし、触れてみればカップの表面は名残だけを残した温もりしか感じられない。ルルーシュがランペルージだった頃、ロロはそんな兄を見てはちょこまかと動いて深い思考の海の底に沈んだルルーシュを呼び起こしながら、温かいコーヒーを何度でも淹れ直した。それを当然のように受け取って、――そう当然だと思っていたからルルーシュは一度もそれにきちんとお礼を伝えることもなかったし、そのときロロがどんな顔でルルーシュを覗いていたのかも覚えていないのだ。多分ロロのことだから傍らにそっといて、ルルーシュの顔色を伺っていたように思う。思い出したくても、想像することはいくらでも可能だが、記憶に残っていないものを掘り当てることは困難だ。
怒った顔、はたとえばルルーシュが贈ったストラップを取り返そうとしたときのロロの必死な顔が思い浮かぶのだけれども――なぜだか女物だったのによく気に入ってくれたそれをロロはとても大事にしてくれて、それが本当はナナリーへのプレゼントだったのを思い出すたびにだからルルーシュはイライラしたものだが、今から思えば何を自分も子供のようにむきになっていたのだろうと思う。結局は自分を支えていたのは小さな子供が持つ矜持ただそれだけで、誰かを大切に思っての行動じゃなかったのだろうと、だけれどもあの頃の自分にそれ以上の何が出来ただろう。どうしようもないことがたくさんあって、一番どうしようもないのは自分だったのだけれども、けれども、だけど。
ロロを思い出そうとしても、結局自分を責めるだけで終わってしまう。――だから嫌なのだ。自分が自分を責めるという行為は何も生み出さないし、ロロを思い出そうと決めたのならきちんとロロと向き合いたいのに、結局はただルルーシュを振り返って終わる。
――ロロは、俺の何処を好いていてくれたのだろう。
ふと、思う。コーヒーカップの表面を指先で軽く撫でながら、そう思う。嫌われていたわけではなかった、ルルーシュを命をかけて守ってくれたとは多分そういうことだと思う。嫌いの反対は好きだし、だから、好かれていたと考えるのは短絡すぎるだろうか。だけれど好かれた要素がわからないなとルルーシュはぼんやりと思った。何度も何度も自分を責めて地に貶めて、けれどもルルーシュが自分を嫌いになれないのはただ単に自分が自分だからだ。他人からは嫌われて当然だという思いがする。けれども、そんな自分を必死に守ってくれた存在がロロ。
(ああ、思い出した)
カップの表面を不意に爪でこすってしまってその不快な感触がルルーシュの記憶を探る。
「冷めてしまったコーヒー以上に不味いものなんてないな」「え?」「……お前、よくそんなもの飲めるな。貸せ、淹れ直そう」「……あ、ありがとう」
もういつのことだかも定かじゃない。だけれど、ああ、そうか、ルルーシュが言ったことをロロはずっとずっと覚えててくれたのだ。何となく口から出た言葉。毎日ぼんやりとしていて、何かやらなければという焦燥感だけが募っていたロロと兄弟であった頃。そう言われてみれば、ロロは特別コーヒーが好きだったわけでもなく、元々紅茶派で、ルルーシュも紅茶ばかり飲んでいたけれども、でもあの時はコーヒーが用意されていて、ロロは眉をしかめてそれに口をつけていた。あれは冷めていたコーヒーが不味かったわけではなく、ただもしかして、ロロはコーヒーが嫌いだったのかもしれない。
ロロの顰める顔を思い出した。そうだ、ロロは眉をハの字にして困った犬のようにそれを飲み干していた。ルルーシュはそれを冷えたせいだと思ったのだ。
ロロは、ずっと覚えていたのだ。きっと、そんなロロをふと眺めていたルルーシュの顔もきっと覚えていた。ありがとうとお礼を言ってくれた。彼は、そのあと何度も何十回も同じようにコーヒーを淹れ直してくれた。ルルーシュはそれに今も感謝してる。もしかして、ロロも同じようにあのとき感じてくれたのではないだろうか。だったらいいな、と思う。
当然のように兄弟だった一年は当然だったから何もしてやらなかった。兄弟じゃないとわかってからは尚更だった。それでもロロが自分のことを大切に思ってくれていたのは、ルルーシュのした何かを慕ってくれてだと思いたい。
(淹れ直そう)
冷めてしまったコーヒーを淹れ直そう。それで、もう一度、ロロのことを思い出してみよう。あったかいコーヒーを飲みながら、たったひとりの弟を。




20080827『コーヒーを淹れたあと』