「ごめん」
ロロの声が聞こえるようだ。そんな言葉は待っていないのに、そんな台詞ばかり聞こえるようだ。
「近くに、ずっといれなくて、ごめんね」
「そんなこと、俺が、俺がいけない」
「兄さんの傍に絶対にいるって約束したのに、僕が破っちゃってごめんね。僕は、僕が約束を破るような奴だなんて思わなかったから、あんな軽はずみなこと言っちゃったんだ。傷付いたよね、ごめんね、兄さん」
「俺が、俺が破らせるようなことをした!俺のせいだ」
「兄さんのせいじゃないよ。僕が勝手にやったんだ。だって、兄さん『やめろ』って言ってくれたじゃない。僕は、やめろ、って言われるたびに、すごく嬉しかった。嬉しくて、だから守ってあげようと思って、やめれなかったんだ。命令には従おうと思ってたんだよ。でも、結局兄さんを裏切っちゃったのかな」
「裏切りだなんて、そんなこと、思うはずがない」
「そう言ってくれると思ってた。兄さんなら、きっと僕の気持ちわかってくれると思ってた。僕ね、兄さんがウソついたの本当に怒ってなかったんだ。怒りなんてね、兄さん、呑み込もうと思えばいくらでもスーって喉元を通って行くんだよ。呑み込もうと思わなくてもね、兄さん、兄さんのことで頭いっぱいだとね、兄さんが僕を怒らせてもね、違う兄さんで僕の中はいっぱいになってね、僕の中に怒りが残る隙間がないんだよ。…あ、『違う兄さん』って兄さんの他に兄弟がいるって意味じゃなくてね、兄さんの思い出で僕の中はいっぱいでね、だから兄さんが僕を怒らせても僕の中にそれは残る隙間がないんだ。あれ、これって兄さんにちょっと失礼かな?僕が兄さんをおこらせちゃうね。勘違いしないでね、兄さんの言動がどうでもいいって言ってるわけじゃないんだよ。だけど、僕って、どうにも小さい人間みたいで、兄さんみたいにあれもこれも全部心の中に詰め込むとね、僕この頃やっと心の場所を探し当てたばっかりだから、入り口ぐらいにしか到達できないみたいで、だから心の中がすぐにいっぱいになっちゃうんだ。もう少し生きられたら、もしかしたら兄さんに追いつけるくらい広くなったかもしれないけど、でもあのとき、僕はもう精一杯でね、だから怒らないでね。兄さんが怒ると、僕、どうしていいかわからなくなって、泣きたくなるから」
「怒るわけ、ないだろ……」
「本当に?でも、兄さんずっと僕の方、眉毛が逆ハの字で睨んでるよ。怒ってるんじゃなくて、じゃあどうして?怒ってるんじゃないの」
「怒ってるとか、怒ってないとかそういうのじゃない」
「でも、その顔は怒ってるよ。僕、ずっと一緒だったからわかるよ。それは、怒ってる」
「ああ、怒ってるよ。俺のが止めるのも聞かずにギアス使って、挙句死んでしまって、これで怒らないなんてどうかしてる!」
「でも、僕、それ以外に方法がわからなかったんだ。しょうがないよ」
「しょうがなくなんか……!俺、俺が、作戦を考える間だけでも!待てなかったのか」
「そんなことしてる暇なかったよ。気づいてるでしょ。わかってるでしょ。兄さん、しょうがなかったんだよ。僕は、兄さんが生きててくれて、僕の使命まっとう出来たかなって思ってる。
嚮団にいた頃よく言われたけど、僕、使命の意味がわからなかった。だけど、あの時なんとなくわかった気がする。だから、良かったよ。
思い返してみたらたくさんのこと、兄さんに教わったね。僕、少しでも恩返しできてたらいいんだけど」
「そんな……もうとっくに」
「あ、ハの字になった。兄さん、百面相みたいだよ。生きてるって面白いね。兄さん、もっともっと色んな顔しながら生きていくんだよ。僕、人が死んでるのも生きてるのも不思議だった。ずっと不思議だった。だけど、こうやって兄さんが動いてるのを見れるのは違う人間にとってすごく有意義なんだよね。僕ね、兄さんのなかみも好きだけど、兄さんの外側も好きだよ。色んな仮面被っても、どんな顔をしてても、兄さんが兄さんだってわかる自分が好きだった。兄さんの顔が好きだし、動いてるところ見るのもすごく好き。好きって繰り返すのはおかしいかな。兄弟だけど、いいよね、今日くらいいいよね」
「俺だって、お前が動いてるの、好きだった」
「ウソばっかり。でも、そう言ってくれると嬉しいな。言葉ってやっぱり大事だね。それが発せられる肉体って大事だね。それを動かせる命って大切だね。兄さん、大変だと思うけど、必死に守ってね」
「お前が、守ってくれたものだからな、精々みんなが嫌な顔をするまで生きてやる」
「その意気だよ。大切なものだよ。失わないで、なくさないで、自暴自棄にならないで。大切な、兄さんだけが持ってるものだよ。兄さん、世界がいくら兄さんを裏切っても、兄さんは兄さんを裏切れないよ。誇りも希望も思い出も、全部、兄さんを裏切れないよ。忘れないでね」
忘れられるか、――ルルーシュは呟いて、座り込んだ。両腕で膝を抱き、自分を守るように。影が伸びた。窓から差し込んでくる西日は遠くの山に沈もうとしていた。




20080918『ダイアログ』