本当だったら胸に秘めていようと思っていたから、ルルーシュに暗にそれを言葉にしろと促されたときにロロはかちん、ときた。
本当だったら、誰にも伝えず自分の中だけで昇華していようと思っていたもの――ロロの中だけで大切に大切に保管しようとしていた思いだったから、それを探り当てられるのは自分の秘密基地にズカズカと土足で入られるような、なんとも不快な気持ちをロロに与えるだけだった。
「なんのこと?」
いくらルルーシュでも、いや、思い人だったからこそ、『好き』と言えと強要されるのは耐えられなかったし、なけなしの矜持のようなものがふつふつと高くなっていくのを感じる。
けれどもそれを感じると、ロロは何だかこの気持ち自体が実はプライドの上にしか成り立たない嘘っぱちなんじゃないかと一瞬不安に思いもした。
好きなら、何でも受容出来て当然なんじゃないか。好きなら、相手に怒りを感じることもないのではないだろうか。――理想の恋愛の形というものがロロの中にはあって、それを遂行出来ないのならそれはただの恋愛をしたいという形が生み出した中身のないオブジェクトのようなもので、それを必死に磨いていることが楽しいのであって、実は愛着も何もないのではないかと。――もしかして、ルルーシュに対する思いはそれなんじゃないかと。
「いや、……何って、その」
もごもごと口を動かすルルーシュに嫌気がさす。心の中のある一定の場所が、どうしても燃え上がれないロロの原石の場所が、途端に冷えてつめたくなっていくのを感じる。ああこれは失望だ。ロロはその気持ちを知っている。
ルルーシュが女の子と触れ合うたびに目をそらしたくなった。好きならずっと見ていたいはずなのにどうしても、それだけは見ることが出来なかった。ルルーシュがシャーリーのことを語る口をそぎ落としてしまいたいと思ったこともある。自分ながらに危険だ。ルルーシュのことが好きだという女子の記憶を全て消し去ってしまいたいと思う。ナナリーが憎い。どうしてだろう、どうしてこんなに汚い気持ちばかり、知ってしまったのだろう。ルルーシュにもらった綺麗なものがそのたびに穢れていく。なくなってしまうようで、一生懸命両手で捕まえるのにその間をすり抜けていくようだ。
「はっきり、言ってよ」
言わされるくらいなら、いっそ、言ってくれたほうがいい。駄々をこねるようにルルーシュの前で泣き叫んでもいいかもしれない。耐えられない思いに押しつぶされてしまうことなど耐えられない。いっそ、解放してしまえば。
「はっきり…!」
(僕のことなんて、邪魔だって、兄弟以上に見れないって、そう言えばいいのに!)
それの何処に不満があるだろう。むしろ、兄弟として見てくれるなんて、ロロには願ったり叶ったりだ。
ロロには今まで何もなかったのに、ギアス以外存在価値などなかったのに、そう言われてきたからそうだと思っていたのに、ルルーシュはロロの良いところも悪いところもきちんと言葉にして指摘してくれた。その指摘たちは、ロロがちゃんとここにいるんだ、って教えてくれた。
ある日いきなり、ロロに兄が出来た。名前が出来た。ロロ・ランペルージという名前を与えられた。また使い捨ての名前だと思った。けれども、ルルーシュがロロのことを認めてくれた。与えられた名前にしがみつきはじめた自分がいる。嚮団がくれたものに今まで欲しかったものなどひとつもなかった。だけど、これだけはどうしても必要だと思う。
「な、泣くな!」
「泣いてない…」
俯いてこぼれていくもの。ロロが、ロロであること、それは兄弟以上の思いを兄に持ってはいけないこと。それが最低条件だと思う。
ロロはいつか、この名前を嚮団に返さなければならない。そしてまた、ランペルージとは別の道を歩んでいく。そんなことは耐えられなくても、それに逆らうことなど今まで出来なかった。する気も起きなかった。
だから、胸に秘めていこうと思っていた。好きってたくさんあるから、その中のひとつを適当にチョイスすればいいと思っていた。思っても叶わないのは、本物の兄弟でも偽物の兄弟でも一緒なのだとロロはちゃんと知っている。自分の中だけできちんと決着をつけようと思っていた。だから、ルルーシュに見抜かれて動揺したし、イラついた。隠し通せてないなんて思っていなかったから、自分に失望した。
でも心の中がこんなに『スキ』で溢れてしまっていたら、絶望しようにも何も考えられない。隠そうとしたって、溢れているのだから止めることなど出来ない。そうなのだ、はじめから不可能だった。ロロには、不可能だった。
ルルーシュに向かいなおる。
「言っても、後悔しない?」
それでも勇気が出なくてちょっと聞いてみた。ルルーシュに拒否されればそこまでにして、またきちんとしまっておけばいい。そのうち消えてくれるかもしれない。――兄弟愛以外の気持ちが。任務以外の気持ちが。
「……ひとりの、ルルーシュという人間として、聞く」
ルルーシュの難しい顔。それでもルルーシュからロロに言ってくれるという選択肢は全く考えていないらしい兄に笑えた。この人は、実はいつだって受け身なのだと思う。頭が良すぎて、シュミレートが完璧だから自ら動くことを知らない。
「じゃあ、…言うよ」
――それがもしかしたら、ルルーシュの唯一の欠点となるかもしれない。
「兄さん、好きだよ」
ひとおもいに言ってしまってから、やっぱり何か違うかもしれないとロロは思った。スキって、たくさんあるから、この好きが伝わるのか途方もなく心配になった。




20080920『箪笥』