どれだけのことをされたら僕は兄のことが嫌いになるのだろうと考えてみた。
今この瞬間にこの目を兄にフォークで刺されても、僕はきっと怒らないだろうと思うと力が抜けた。
僕のポケットから身を乗り出して揺れているロケットは僕の命よりも大切なもののような気がする。――僕は、これにだったらいくらでも命をかけられるから、なら多分このロケットは僕の命よりも僕にとって重要なものなのだ。
宙ぶらりんこしているこのロケットのストラップが切れて、床に転がって、もし兄がそれを踏んづけてもメタメタに壊しても、僕は自分の命よりも価値があるロケットにそんなことをされてもきっと兄のことを嫌いにはなれないだろうと思って、溜め息をついた。
じゃあどうやったら僕はこの兄が嫌いになれるのだろう。
僕が考えていることを何も知らないような顔をして、黙々とナイフで肉を小分けにしていた兄がふと思いついたように、
「おかわりならあるぞ」
と微笑みかけてくるので、僕は兄の皿を指差して、兄が切り取ったカケラが欲しいのだと口を尖らせた。ルルーシュは困ったように、器用にナイフにひとかけら肉をのせると、
「まったく、……特別だぞ」
と、僕のお皿に分けてくれた。
兄のお皿にのっかった肉と、僕のお皿にのっかっていたハンバーグはまったく同じ味のように外面が作られていたからわからなかったけれど、きっと咲世子は使用人のくせに兄の方を贔屓して料理しているに違いない。口に入れる前から素敵な味がした。
もうひとかけら欲しいと、目で訴えると、ルルーシュは笑った。
「おかわりしてくればいいじゃないか」
「そっちのお皿の方が、おいしいよ、兄さん」
「変わらないって。同じもので出来てるんだぞ?」
「そんなことない」
「それを、日本では隣の糂汰味噌って言うんだ。覚えておけ。ひとのものは何でもよく見えるもんなんだよ」
毎晩毎日、兄の持っているものがいいと言うたびに、兄はそう言うけれど、この気持ちはそうじゃないと思う。
だって、僕が持っているものを僕は兄にあげたいもの。
僕は兄さんの持っているものが一番綺麗に見えるんだ。
僕の持っているものはどれもガラクタ同然なのに、兄の手の中にあるときだけ不思議な異彩を放って僕はそれがどうしてだか気になって仕方がないのと同時に、それが欲しくなってしまう。
兄のものが全て欲しくて、でも僕のところにあると全部色を失っていくから、僕は兄に貰ったもの以外は全部兄にあげても構わない。
僕のものは、兄さんのもので構わない。それが一番、物がこの世で輝く術なのだと思ってる。
このロケットは、僕の手の中にある前に僕の兄が所有していた。兄の手からこれが渡された日、僕の世界でありとあらゆるものが色を失って、兄の前でだけ鈍く光り始めた。
ルルーシュが持っているものは全て、優しい色をしていてきらきら輝いていて、その手の中にあるときだけ命を燃やすように輝く。
命よりも大切なロケットがもし、兄の足でメタメタに壊されても、もしかしたらその足元でこのロケットはその生涯で一番輝くかもしれない。
それだったら、壊されてもいいかもしれない。――でも、僕はそんなことよりこれが気に入っているから、手放す気はないのだけれど。
「でもロロも男だな」
「ん?」
「成長期なのかもしれないな。もう少し咲世子さんに頼んで食事の量を増やしたほうがいいんじゃないか?背が伸びないぞ」
「でも兄さんもあんまり食べないじゃないか」
「……失敬な!」
僕の言葉に少しだけ考えていた兄は、いきなりそう怒鳴るとプリプリ怒ってしまった。……きっと、背が低いと言われたのだと勘違いしてしまったのだろう。
「にーさん、兄さん、こっち向いて、にーさん!」
僕の兄は僕をすぐに嫌いになってしまいそうで、僕はいつもいつも心配で心配で堪らないのに、悔しいから嫌いになってみたいのに、やっぱり僕は何をされても嫌いになれないんじゃないかと思った。――だって、こうやって怒鳴られても、前の席に座っている兄さんに怒りを感じるどころかそれとは逆の感情しかもてないのだから。




20081001『Lelouch is greener』