ロロは花束を抱えていた。往来を行く人に好奇の目で見られて、少しというか大分困ってしまって恥ずかしい気もしてそわそわしてルルーシュの反応を想像して小走りで家を目指す。 赤いバラだけで構成された両手一杯の花束。まるで、兄さんのような高貴な色だとか馬鹿なことを一瞬でも考えてしまったロロはこれを抱えて帰るハメになった。 生徒会長の家に招待されたとかで、ルルーシュが出かけてしまった放課後。ロロはどうしてもついていきたかったのだけれど、断られてしまった。しょんぼりした気持ちが半分、また何かを企てているのではないかと疑う気持ちが半分より少し上回り、ロロが言い募ろうとするとルルーシュが耳元で信じろ、とただ一言呟いた。ロロは馬鹿だから信じることにした。 ルルーシュの傍にいないロロは暇を持て余すしかなくて魔が差して街にくりだした。 ブラブラと歩いていると前にシャーリーとルルーシュがデートを行ったブティックが見えて、少しだけ憂鬱になった。それで横道に逸れてしばらく歩いていると、階段の向こう側に太陽がおりていく姿を眺めることが出来た。雲が横に流れて、ロロは階段を一段一段ゆっくりと足元を見ないで真っ直ぐ前の風景を眺めて下りていく。手すりをすべっていく手の平への感触がやけに無機質で冷たかったけれど心地よく、一番星を見つけるのを諦めてロロは最後の段を無事に下りきった。 そこには薔薇や百合の匂いの強い花々が並べられていた。匂いに釣られるように近づくと、中から人が出てきた。エプロンをつけた男は、 「いらっしゃい、どちらを?」 と片付け始めようとして抱えた草花をもう一度バケツの中に突っ込む。入り口が花で埋もれて階段からは見えなかったが、どうやら小さな花屋だったらしい。 ロロは瞬いた。 困って固まってしまったロロに店員が何を勘違いしたのか笑う。 「彼女の好きな花を知らないんなら、バラがいいんじゃないかな、シンプルで」 「え?」 言いくるめられるように指さされた薔薇を購入してしまったのがロロの愚かなところだ。どうせならと赤色を選んで、リボンをかけてもらって、にこにこ笑う店員にお金を払う。 ロロはそれを大切に腕に抱えて店を出た。 (兄さん、何て言うかな) 男のくせにこんなものを買って、男だけの家(c.c.は置いておいて)にこれを飾って、呆れたようにそんなロロを見るだろうか。それともあなたのために、あなたのような、僕が自ら花を選んで、だからこれをプレゼントしますと純粋さを装ってまるで真摯な告白をするようにこの花束を渡したら、ルルーシュも同じように純粋にこれを受け取ってまるでプロポーズされた女の子のように顔を赤く染めて恥ずかしそうに俯くだろうか。そんな期待を持つだけ悲しくなるのに、ロロは希望を持つことをやめれなかった。 たとえば、この花束がないままルルーシュに『好きだ』と言っても『ずっと傍にいて』と言っても、この花束があったときよりもきっとずっと本気にとってはくれないだろう。本気だとわかったところで、ロロの方が空気を持たせることが出来ないで結局どちらかがはぐらかしてお終いだろう。けれども、この花束さえあれば、ロロは言葉で伝えるよりももっとずっと単純にいつもよりもずっと簡単に一生懸命の気持ちを伝えることが出来るのだと何故だかそんな風に確信していた。 |
「おかえり」 家に帰ると先にルルーシュの方が帰っていた。出迎えてくれる彼の優しさは欺きなのではないかと疑うことをやめられない自分が半分と、純粋に嬉しい気持ちが半分以上と。 「た、ただいま」 「どうした、何処へ行っていたんだ?てっきり家にいるものだと……なんだそれは?」 怪訝に聞いてくるルルーシュにロロは今の今まで確信していたことが、急に全てまやかしだったことに気付いた。たとえ、この花束があってもなくても、ロロは自分の気持ちを正直にそのまま伝えることはきっともう出来ないだろう。 だから代わりに何も言わずにそのまま花束を渡した。 「なんだ?どうした?」 目を丸くしたルルーシュは少しの間目で何かを訴えてきたが、無言のまま俯いているロロを見て、 「俺にか?」 と手を伸ばして差し伸べられた花束を受け取った。ロロは沈黙に耐えられなくなって顔を上げる。目が合う。ルルーシュが微笑んだ。 瞬いた。 「ちょっと、来い」 「兄さ…ん?」 引っ張られるままリビングに向かうと、いつものテーブルの上に花瓶が置かれていた。そこに挿されたピンクの薔薇の束。 溢れんばかりに生けられて、花びらが一枚二枚、テーブルクロスの上に耐え切れずにこぼれおちていた。 「会長がな、庭に咲きすぎたから少し持っていけってくれたんだ」 ついでに草むしりをさせられて虫の餌食になった、とルルーシュは少しだけ嫌なことを思い出した顔をした。ルルーシュの手をふと見れば、かすり傷が幾筋を作っていた。 「自分で、摘んだの?」 「あ、ああ。ていのいい庭師扱いだな、今から思えば」 苦笑しながら、でもたまにはこんなのもいいかなと思って、 「遠慮なくもらってきたんだ」 と言ったルルーシュの横顔はロロとは違い生まれながらの風流を愛する貴族そのままだった。当然だ、ロロとは違い、由緒正しい血統つきの王子だ。 ロロがしゅん、とうなだれると、何を勘違いしたのか慌てて、 「この赤色は本当に綺麗だな」 と見当違いのことを言う。そして慌てて、飾ってもいいか、とロロに尋ねてきた。 (当たり前だ、兄さんの色だもの) 「じゃあもう少し大き目の花瓶にしなきゃな。咲世子さんは……」 部屋からそう言って出て行ってしまったルルーシュを目線で見送ると、花瓶を手に取った。 溢れ出るピンクの花びら。 「あれ?」 一枚、ひらり、と落ちてきた、ピンクの薔薇に混ざった白色の花びら。 花瓶の中に探すと、白い薔薇が一輪だけ咲き誇っていた。ピンクのものよりも小さかったが、何者にも汚されない美しい薔薇。ピンクの薔薇に囲まれて――ピンクの薔薇の花びらは美しかったがところどころ傷みに茶色が見え隠れしている――守られるようにその純白を誇る白い薔薇。 ロロは泣きたくなった。 ああ、――これは、ナナリーだ。 ロロがルルーシュを気高い赤に喩えるように、ルルーシュもまた無意識にナナリーを白い色に分類しているのを知っている。何者にも汚されない白い色。守り続けるのは僕だ、と。 その証拠のストラップが今もロロにただひとつ与えられたもの。 |
それからルルーシュが帰ってくる前に白い一番小さな花びらを一枚引きちぎって自分の右手の中に隠したのに、ロロは罪悪感を抱かずにはいられなかった。 |
20080703『ひとひらだけでいい』