スザク×ロロです。
都合の良い設定になってます。
都合の良い設定になってます。
「……兄さん、先に行ってて」 ルルーシュの脇をすり抜けて、廊下の端に歩を進める。一瞬怪訝な顔をした兄は、けれど特に気にも留めないことに決めたのかそのまま生徒会の資料を小脇に抱えて迷わず前に進んでいった。もしかしたら資料がいささか分厚く多かったから、華奢な兄には重くて、ロロに構っている場合ではなかったのかもしれない。 「……スザク、そういう目で、僕の兄を見ないで下さい」 廊下の角に背中を預けて何かを見上げていたナンバーズにそう告げる。後ろのルルーシュはとっくに視線の外に行っており、ロロは迷わずスザクをにらみつけた。 「そういう目って?……上級生にそういう口の聞き方はないんじゃない?」 柔らかな口調で微笑みを湛えてそう返事をしたけれど、スザクの目はロロの中心を射抜くように冷たいものだった。――けれど、それに関しては特にロロも文句はない。いつものことだからだ。彼が顔に貼り付けている笑顔はロロが日々使っている表情筋と同じところから作られているものだから、心の底から優しい顔をされるより、心を幾重にも隠したその顔の方がロロにとってはなじみやすい。 「……兄さんは、あなたのことなんか忘れてるんだから、もう諦めればいいのに」 「……関係ないだろう」 スザクの顔から笑顔が消えた。それを見て、ロロは鼻で笑った。内心、笑いだしたくてたまらなかった。 親友の記憶を消したのも、愛する人の大切な思い出を奪ったのも、あなただろうと、そのいつもは迷いのない瞳に言ってやりたい。ルルーシュを目前につれてきて、『誰だ?』と言われて絶望する顔を見たい。 偶然を装ってルルーシュの傍を歩いているのをロロは知っている。廊下でよくすれ違うたびに、スザクは少しだけ期待のこもった熱い目でルルーシュを見るが、それだけだ。ルルーシュは何も覚えていないから、何の反応を返すこともない。上にのぼりたくてルルーシュの記憶を皇帝に差し出したくせに、そんなルルーシュに傷付くスザクが馬鹿馬鹿しくてたまらない。 「兄さんにもう近づかないで。もし、何かのきっかけで記憶を取り戻したら面倒でしょう?」 「お前に命令される筋合いはない。――僕の前でルルーシュを『兄』だなんて呼ぶな」 「……公私混同はよくないと思うな。僕の邪魔をしたら殺しますよ」 「にせものが」 ロロもその一言でカチンときた。――偽物?何を持って、にせもの、とするのだろう。 「僕が、兄さんの弟なのは、兄さんの中で本当です」 「けど、そうじゃない。ナナリーがいる。お前こそ、仕事を忘れかけてるんじゃないか?」 「あなたに言われたくありません」 この世なんて所詮ウソばかりで出来ている。その証拠に、ロロの中に本当のものがいくつ残っているだろう。多分、何もロロは持っていない。本物のものなんて何も。けれど、ルルーシュがロロに与えてくれる『兄弟愛』という名の優しさは本物だ。任務でやってきたロロのことをとても大切にしてくれる。ロロはこんな風に優しく他人に扱ってもらったことなんてなかった。――自分ですら、ロロはちゃんと扱ってこなかった。けれど、ルルーシュはロロのことをとても心配して、温かくして、守ってくれる。 だから、初めて本物になりたいと思ったのだ。 そして、ルルーシュの記憶を本物にしたい。上書きされたウソの記憶?いいや、本当の思い出。ロロと一緒に築き上げた兄弟関係。 「ロロ、――何か勘違いしてるんじゃないか?」 「あなたでしょう?」 「君は、弟役を演じてればいいんだ。僕と、話せる立場でもない。わかったら、さっさとルルーシュを監視する役目に戻ればどうだ」 「――――!」 まるで、ロロのことなんて幾ほども気にかけていない、というような態度にロロは頭にきた。ロロとスザクの圧倒的な違いを瞬時に見せられたようで腹が立った。――この人から大切なものを奪ってやりたい。どうして、そう思うのだろう。 制服の襟詰めを下から思い切り引っ張った。突然のことに抗う術もなく降ってきたスザクの口唇に自分の口を合わせる。目を瞑っていたから、スザクがどんな顔をしたのかはわからない。けれど、なぜか怒りでロロの白い手が震えて、そうせずにはいられなかった。 いつもいつも、学校ですれちがうたびに、廊下ですれ違うたびに、教室の扉から兄の教室を覗くたびに、視界の端をウロウロするスザクがいた。いつもいつも、ロロはルルーシュの近くにいたからわかる。ルルーシュを四六時中監視していたから、ルルーシュに近づこうとする、ルルーシュに熱い視線を送っている人間がいることに気付いていた。 ロロは、スザクの大切なルルーシュの弟だ。ブリタニアも何も関係なく、大切に扱われる権利がある。けれど、そんなことはないのだとスザクは言う。全てまやかしで、本当はスザクとロロの間に何の関係もないのだと。知り合い以上に遠い存在。近づこうとすれば、ナンバーズと嚮団の下使いという位の違いで阻もうとする。 自分だって、自分の仕事を忘れて、ルルーシュをずっとそんな目で追っているくせに、恋しているくせに、ロロには全てを許してくれないスザクなんて大嫌いだ。 なのにどうして、スザクのように、スザクがロロをなんでもないものとして扱うように、ロロはスザクのことを扱えないのだろう。視線の端をチラツくスザクをいつから目で追っていたのだろう。ルルーシュの近くにいることの理由の大半が、スザクを見つけるためになってしまったのだと言ったら、この目の前の男はどんな顔をして自分を見るのだろうか。きっと、軽蔑するに違いない。きっと、全て嘘だろうと嗤うに違いない。役になりきって、妄想癖も大概にしろと呆れるだろう。 許せない。許せない許せない。全て、自分から奪おうとするスザクという男をロロは許せない。予感がする。ロロのこの生活を全て奪うのはスザクだ。兄もつれていってしまうだろう。一番大切な人をこの人は、ためらいなくさらってしまう。どれだけロロが頑張ってきたかなんてきっとひと欠けらも知らないで、何の躊躇もなく。 「何の冗談だ……?」 吐息が近くから聞こえた。自分のものかもしれない。ロロは目を開けてしばらく自分の手を見ていた。スザクもそう言ったきり動かなかった。 ロロが顔を上げると、スザクの怒った顔がロロを見下ろしていた。 (ああ、初めてだ) こんな熱い彼の目線の中にいられるのは。どんな形であれ、燃えている彼の瞳の中にはいつだってロロは入れなかった。スザクにとってロロはいないに等しい人間だったから、時折八つ当たりされる以上の接触はなかった。彼の瞳にはいつだってルルーシュだけがいて、隣にいるロロには目もくれなかった。やっと、仕返しが出来たのだと思うと、また笑いが込み上げた。 もっともっと、傷付けばいいと思う。ルルーシュを傷つけた分、もっと。もっと、もっと。 前をいつだって向いている人間は、ロロのことをいつもいないものと通過していく。死んでいく人間は、ロロのことに気付かない。生きていく人間にロロは必要ない。――そうやって生きてきた。きっとこれからも。 途端、目の中で星が弾けると同時に、頬に熱い衝撃を感じた。 「?」 「……いい加減にっ、しろっ」 自分の体が宙に浮く感触をはじめて感じた。そのまま向かいの壁まで飛ばされて、殴られたのだと知った。 知らず、嗤った。 |
20081022『未草』