生まれた、という実感がロロにはなかった。
あるときふっと気付いたらロロはもうこの世界にいて、始めと終わりで切り取られた場所に立っていた。
善悪は人にどれだけ優しく出来たかで計られる場所ではなく、どれだけ上からの命令を忠実に再現できるかだけで決められていて、ロロはその中で優秀だったりした。欠陥品と揶揄されるたびに腹が立って、そのバネがロロをどんどん忠実な教団の部下にしていったのだ。
忠実であることだけが、生きている意味。生かされている――そう確かに上は、ロロにそう言ったし、ロロも疑わなかった。だって、何も知らなかったから。強いものだけが生き残る――それも上官の口癖だったし、弱肉強食、知識だけの生命の営みを見てもそうだと思った。
他人に弱さを見せることは、死ぬことに直結しているのだと思っていた。隠し通すことが強さだと思っていた節があって、他人に無責任に優しくする人なんてバカだと思っていた。
けれど、人はどんどん生まれてくるし、人はどんどん死んでいく。無情になっていれば死ぬことはないし、嚮団に従っていれば生き続けられる。従わない人間は死ぬことがわかっているのに逆らうなんてただのバカだと思う。同情も出来ない。
けれど、人はどうして生まれてくるのだろうとロロは首を傾げた。生まれる前の自分の行いで、人の生が決まるのだろうか、今の自分が死んでいないように。自分が死なないのは、精一杯ロロが上の命令に従っているからだ。死にたくないと思っているのとは違う、生まれもっての義務感だ。
(あれ……?僕は、何処から生まれたんだろう)
唐突に何処かブラックホールのような場所にほっぽりだされたような心の感触に、ロロは眉をしかめた。自分が今、生を保っているこの体はどうしてここに存在したのだろう。死なないようにどうして守ってるのだろう。



「ロロ……うなされてた」
「兄さ…ん?」
起き上がろうとすると、ルルーシュの指が伸びてきて、ロロの額にかかった髪の毛を払ってくれた。全身が汗ばんでいて、両手を動かしてみると指がぴくりと揺れた。
「疲れたんだろう。今日は無理をさせてすまなかった」
「そんなことないよ。起こしちゃった?」
「いや、――寝れなくて、部屋の前を通りかかったらうめき声が聞こえた。水飲むなら、持って来てやるけど」
生徒会で今日は年中行事の草刈りがあった。何しろ一年に一度しか手をいれないある中庭の雑草の丈は、ロロが想像していたよりもはるかに高かった。ロロの身長に達するようなものまであって、何故業者にここだけ任せないのかと尋ねると、それが年中行事というものだとミレイに諭された。そんなものかと慣れない中腰で鎌を使ってえっせらよっせら刈っていたので、太陽が秋とは思えない殺人的な紫外線を降らせてくるのにロロは倒れる寸前になるまで気付かなかった。後ろにふらりと体が崩れたときには遅かったけれど、ルルーシュが抱きとめてくれた。
そのとき一番はじめに思ったのが、ルルーシュへの感謝の気持ちじゃなかったことにロロは今も自己嫌悪を感じている。――失態だな、と思ったのだ。何処かで監視カメラがこれを録画しているはず。嚮団の人間に、不様に倒れる自分を観られるなんて屈辱だと思った。そして、そんな自分を恥じた。恥じることが出来るようになった。
「いいよ、大丈夫」
「だが……熱中症を侮ると、」
「大丈夫。大丈夫だから、このままちょっと手貸してて」
ルルーシュの髪を撫でていた手を、そっと両手で掴んで、頬っぺたまで持ってくる。頬をあててじっとしていると、ルルーシュの掌のひんやりさと、奥から伝わってくる温かさがロロの心音をゆっくりと溶かしていく。ルルーシュの中から何かが溶け出して、ロロの中に堆積されていく。
(僕、このために今、自分の体を守ってるんだ)
ルルーシュにもらった目に見えない何かを、内にとどめるために、もっともらうために。
双方の体がなければ、いきき出来ないものがある。
「まだほっぺが熱いぞ」
きっと、違う理由だ。ロロの心臓は何だかドキドキしてきて、血が逆流している気がする。ルルーシュの近くにいると時々そうなるのだ。
優しい人間は損をするとばかりロロは思っていた。けれど、そうじゃないと思う。優しい人間はもしかしたら損をするかもしれない。だけど、その代わりにその優しさにひかれた人がきっとその人を守ってくれる。
ロロはルルーシュに、こうやって弱った自分を見せることがはじめは苦痛で仕方なかった。けれど今は、弱ったとき一番近くにいてくれなきゃ嫌だと思った。それが自分の弱みだと知っても、それはそれでしょうがないかなと思い始めた。



――コツン。
はじめて贈られたロロの生まれを祝うプレゼントが、ロロの手の中に転がった日を、ロロは忘れない。キラキラ輝いていて、ああ自分はこれを触るために体を持って生まれてきたのだとロロは思った。
だからあのストラップを貰ったとき、ロロはもう一度生まれたのだ。生まれた、と意識した。今までとは違う世界に入り込んだ。嚮団も、命令も関係ない。ロロが優しくしたい人に優しくすることが善なのだという世界に、ロロは生まれなおしたのだ。
「ロロ、おめでとう」
「…ありがとう、兄さん!」





20081025『ハッピーバースデー』

ぎりぎり滑り込み出来た!
おめでとうおめでとう!ロロ大好き!生まれてきてくれてありがとう(*^v^*)