ずっと、何十日も、それこそ何ヶ月も、ロロはそのたった一言のために言い訳をずっとずっと考えてきた。ずっと、ずーっとだ。
その単語を口に出せないたびに、心の中で重量感を増した妄想は広がり、ルルーシュに言い訳をまるで永久にしなければならないような義務感で苦し紛れに続けてられていくロロの中の仮想ルルーシュと仮想ロロの言い訳と口論は果てなく続き眠れぬ夜が続いた。
まるで永遠に許されない大罪を犯して神の赦しが欲しいようだ。ロロの中でルルーシュがまるで神のような位置づけを持ち始めてしまったのはいつからだろう。たとえ誰に裏切られても(そもそも信用なんか端からするわけもないのだがそれは置いておいて)ルルーシュの赦しさえあれば生きていけるような錯覚。それは本当に錯覚以外の何者でもないし、ロロにしてみればルルーシュだってただの重罪を持つたったひとりの人間なわけだけれども、神よりはリアルで近しい存在で、近しい存在と言うのは「心が」ではなく「今現在の生活が」という意味なのだが、まぁ元々神などいないのではないかとロロは思っているわけでそれなら近しい存在をその生贄だとして代償とすることも厭わないだろう、だからだろう、とロロは勝手に解釈する。そしてそれさえも言い訳でしかない。
ある日考え付いた言い訳は
「ごめん、僕今何か言ったかな。ごめんね兄さん、茹だる暑さで僕も頭をやられてしまったみたい」
だったがそれを思いついたのが真冬の元旦だという初言い訳の頭の悪さ。それはもちろん頭の中のルルーシュにも同じことを突っ込まれて、その台詞は発せられることなくデリートボックスに放り込まれた。今年も引きずるのかと悲しい気持ちになって切なくなりどうしてこんな気持ちにならなければならないのだろうとロロは声を殺して初泣きをした。
ロロにとってルルーシュの存在が大きすぎた。ロロ自身も悲しいことにそれを認めなければいけないところまできてしまった。引き返せない、引き返す道がない。神のいない世界に何の意味があろう!なんて馬鹿なことを呟いて、呟いて、萎れてしまう心がむかつく。ルルーシュを今なら本当に殺せそうな気がしてしまった。任務を言い訳にして、いくらでも刺してしまえそう。そんなことを考える自分に涙が出たが、ではどうすればいいのかがロロにはわからない。このまま同じところをずっとずっとグルグル回って死にそうになって、ああ自分が死ねばいいのかなんて思わなければいけないところまで追い詰められて、悪魔のようだとルルーシュを評価しなければいけなくて、でもそんなことは出来ないロロがいることをロロが認めなくてはいけなくて、では自分はどうやってこの先自分の生き死にを決めればいいのだろう、手綱を握っているのはルルーシュでしかないのに、ルルーシュはそのことに気付いているだろうに、ああでも。自分の気持ちを整理できない自分が一番むかつく、とロロは思う。





「え?何も言ってないよ」「ごめん、間違えた」「……だったよね、猫」「ーとかしに行かない?」「ップしてる兄さんなんて思いつかないなぁ」「ューバダイビングに今年はしよっかって会長が言ってたよ」「……」……・・・

自嘲の笑みがこぼれた。ここまでよく考え付いたものだ。もっともっと封印してしまった言葉がある。
伝えたいことはたった一言なのに、その一言のために長い間兄さんのことだけで頭をいっぱいにして毎日毎日こんな言い訳を繰り返して。







(好きになっちゃうはずだよ)



「兄さん、好き」

だからある日突拍子もなく口から溢れてしまった言葉にロロは驚く気力すらなくしていた。あんなに恐れていたのに、ああもう疲れてしまった、とロロは苦笑しながら何の脈絡もなくそう言った。ひとりで馬鹿なところを堂々巡りして自分を殺したくなっていっそルルーシュの首を絞めてしまいたくなって、キスしたいななんて思って、でも彼からそんなものを貰ったら死ぬんじゃないかと思って、自分の命よりもこの言葉の方が重いのかともう何週間も考え続けたあとだった。
カツン、と前を歩くルルーシュの革靴が止まった。
本当は、ずっとずっと、言い訳よりもたくさん考えたルルーシュのその後に続く言葉の方がたくさんあった。ああ自分はどんな罵倒をされるのだろう、殴られるだろうか、気持ち悪がられるだろうか、殺されるだろうか、鼻でわらわれ嘲られ見下ろされロロの気持ちなど矜持心などぽっきりと折れてめちゃくちゃに傷付いてロロが死にたくなるような言葉をくれるだろうか。そんな言葉はまやかしだと、自分を正当化してるだけに過ぎないのだと、一番言って欲しくない言葉をくれるだろうか。いっそ、ロロが何を言っても聞こえないふり、え?何?お前心なんてあったの、程度の反応さえ示さないほどの清々しさでロロを傷つけるだろうか。
どんな言葉でも受け入れられる態勢が出来ていたはずなのに、『好きだ』と呟いたくちびるから震えが走った。ああ何てことをしてしまったんだろう、何も聞きたくない見たくない反応を返して欲しくない。放っておいて、聞かなかったことにして。ただすきになってしまっただけだ。権利なんてないことは知っている、否定しないで。





「……ロロ、い」
「――忘れて!」
現実は妄想とは違う。こんなに涙がこぼれてくるとは思わなかった、そのせいで失敗したときように告白を冗談に変える魔法の言葉を沢山たくさん沢山用意してきたのに、何も口から出てこない。
薄暗い地下室。モニターのたくさん並んだ部屋。あの大きな画面でずっと前ロロはルルーシュを監視していた。少しでも変な行動を起こしたら即刻始末することを仕事として請け負っていた。今、ルルーシュを毎日監視しているのはロロのこの瞳だ。二つの目で、可能な限りのルルーシュの行動を追っている。一秒たりとも逃さないように、――だって好きだから。
でも、今はどうしてもルルーシュの方を見れない。だって、好きだから。震えが這い登ってくる。ああぽっかりと足元から空洞が空いてその中に落ちていく感覚がする。





「僕今日頭が暑くて口が茹だってるんだ」
「――俺も好きだ」
ぽかん、と茹だった口が開いた。ルルーシュの顔がモニターの逆光で見えないのでもしかしたら嘲ってるのかもしれないと想像してロロはわらった。今仮兄は何て言ったのだろう。
――こんな展開は想像していなかったから、言い訳が何も出てこない。
何も。
まるでルルーシュの姿はそのときロロの世界の神様そっくりで同時に鎌を手にしたサターンそのままだったけれども、顔を伏せることを忘れてロロはわらった。――だってもう言葉なんて何の意味も持たないことを知ってしまった。ロロの好きとルルーシュの好きという言葉は違いすぎるんだと実感してしまったから。聡明なルルーシュは気がついてるはずだ、そうして望みどおりの言葉を口に吐いた。
(兄さんのために死ねと言うんだ)
ロロに嘘のスキを――いや「駒として使えるから好き」かもしれないが――をくれる、それはロロに盾となり自分に尽くし死ねと言っていることと等しい。ロロはわらった。涙が頬をこぼれ落ちていく。
ロロはルルーシュに寄りかかるように抱きしめた。
「もう一回ちゃんと言ってください」
「その前に泣き止め。――好きだ、ロロ」
「ありがとう兄さん」




耳元で囁かれた声にロロのみみたぶは震えてそうしてロロはわらった。きっとルルーシュもわらっている。
でもこのたった一言のためにロロは死んでもいいと思った。兄の盾となり守ろう。ブリタニアという大きな国を相手にひとりで立ち向かっていくルルーシュの武器になり鎧となり死のう。
(――それも言い訳だ)
(どれも、自分が死ぬための言い訳だ)
ルルーシュを好きになりすぎてもう自分の足では立っていられなくなってこれ以上好きにならないために死ぬためのロロのためだけの言い訳だ。言い訳のしすぎでわからなくなってしまったな、とロロはルルーシュを抱きしめながらわらった。
笑い声にルルーシュが怪訝にロロの顔を覗き込もうとしたが、ロロはぎゅうっと腕に力を込めてそうさせなかった。
たったひとつ、
「好きだよ」
たったそれだけがロロの本音。それ以外、――忘れてしまった。何もかも、ルルーシュのせいで忘れてしまった。言い訳をどれだけ繰り返しても本物のたったひとつの本音である『好き』を言い訳することは出来なかった。ああこれが答えだ――ロロの世界は大好きなルルーシュのためだけに回していこうという答えだ。自分の気持ちの代償も『好き』もはらうことの出来なかった自分の生へのたったひとつの答え。



20080705『はらいはらうはらうとき』