たとえば、バカと呼ばれることが彼のプライドを抉るのだとして、それに傷付いた彼が僕を同じように同じ傷をつけて鬱憤を晴らそうとしたとして、その行為に僕は傷付くのであって、僕は彼にバカと呼ばれてもきっと何も感じないのだろうなと思う。
 たとえば、彼が彼の妹の名前を愛情を込めて呼んだことに僕が傷付いて、彼の妹を消してしまいたいと願うのはきっとこういうことなのだろうと思う。けれど彼が傷付くのは、彼が妹を大事にしていたことに傷付いていた僕に気付いてではなく、妹を失った兄として純粋に傷付くのだろうと思う。
 似てるようで、全く違う。兄が大事にしているものの優先順位を、こうやって僕はいちいちひとつずつ並べてみてああでもないこうでもないと批評して区別して僕は特別なのだと思おうとしている。ストラップによって揺れているのは僕の心の方なのだ。
 ロロ、兄に呼ばれるその度にその言葉の裏にナナリーを探してしまう僕は頭がおかしいのだ。違う違う、と思っている僕が一番ナナリーという存在を気にかけているだなんて何という皮肉なのだろう。僕がこんなにナナリーを思っていたら、近くにいる兄にまで電波が飛んでルルーシュがナナリーのことを考えてしまうのではないかと心配してしまうほどだ。
 「ロロ、ロロ、見てみろ。虹がかかってるぞ」
そんな僕の頭の中を知らない兄は、そんな僕の頭上を高々と飛び越えた視線で笑った。指差された方を仰ぎ見ると、鈍色に輝いている小さな四角いカケラのような虹があった。架かっている、というよりはぽかんと忘れ去られた小さなプレートのようだった。
「本当だ」
「綺麗だな」
「小さいね」
「まあ確かに小さいが、大きさは関係ないな。綺麗だな」
「兄さんも、虹が好きなんだね」
「『も』?」
振り返る兄に僕は笑った。いつもいつも黒いマントと仮面をかぶっている姿が目に焼きついているせいで、兄の好きな色は黒色なのだと勝手に決めかかっていた自分がおかしかった。
「兄さんは何色が好きなの?」
兄は僕の質問に微笑した。指差しながら、あの色とあの色の中間くらいだよ、と教えてくれる。
 僕は、聞けば好きなものを教えてくれるのだと、当たり前のことを思った。
 僕は、やっぱりまだ何も知らなかったのだ。たとえば小さなことかもしれないけれど、好きな色とか、今日は何が一番兄にとって楽しかったとか、そんな些細などうでもいいことを僕は勝手に、どうでもいいこと、に分類してしまって、勝手に僕の想像で補っていた。画面に映る兄の顔の笑顔の度合いで今日一番良かったことを判断しようと躍起だったけれど、それは兄に聞いてみないときっとわからないことなのだ。
 僕はそれから色々なことを質問攻めにして、兄をまた困らせた。きっと困っていたのだろうと思うけれど、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。僕の気持ちのようなものだろうか。兄にとって嫌なことを僕は一切したくないのに、ナナリーを彼から切り取ってしまいたいと願う気持ちと同じだろうか。人間の気持ちと言うのは難しい。裏表が張り付いていて、それは自分の意志でははがせないから厄介なのだとミレイが爪を噛んで苦々しげに語っていたことがある。そうだな、と思う。確かにその通りだ。
 虹がきらきら小さな水分を照り返しながら輝いていた空の下でひとつだけ聞けなかったことがある。本当はそれが一番聞きたかったのに、僕はそれだけがどうしても聞けなかった。その代わり、僕は家に帰るまでに兄と手を繋げたら僕が言葉にだしてそれを伝えてみようと思った。きっと好きなものって、他人には伝わりにくいのだろうから、もしかしたら兄は僕の好きな人を知らないかもしれない。





20090128『レインボウ』