茶色の粒のひとつひとつに自分の気持ちがこもっているのだと思ったら途端にロロは気分が悪くなった。ドロドロに溶かしたチョコレートをせっせと型に詰めて、色とりどりのトッピングをして、女の子のように外見も甘ったるく可愛く飾って、綺麗な箱にきちんといれて、カードまでつけて。一ヶ月前から毎日のように夜中ひとりで練習をしてきて、――確かにそういう意味ではロロはもうチョコレートを見るどころか匂いを嗅ぐことさえ十分だった。
 朝、下駄箱をいつものようにルルーシュと通過しようとしたときに、その気持ちはロロの中で急速に膨張した。
 「うわぁっ」
「に、兄さん!」
ルルーシュが靴箱に手をかけた途端、どのようにどうやったらこんな風に雪崩が起こるほどの箱を詰めるのかという数の色とりどりのプレゼントがルルーシュの身に降り注いだ。ロロはそれを隣でばっちり見てしまったし、ルルーシュは受けきれずに無様に後ろに倒れこんだ。
「え、えっ、兄さん、大丈夫!」
呆気にとられてひっくり返ったルルーシュも、ロロに抱き起こされている途中で我に帰ったらしく、
「大丈夫だ。予測済みだ」
ときりりと言い放ったが、ロロは苦笑するしかなかった。
 ルルーシュの身に降り注いだたくさんの気持ちがこもったチョコレートの容れ物は、キラキラと日光を反射して蛍光灯の光を反射して、白亜のアッシュフォード学園の柱に映りこんで輝いていた。
ルルーシュの手を掴んで立ち上がるのを手伝いながら、ロロはそれらを横目で見ながらぐらりと気持ちが撓むのに気づいた。
 全部が全部、ロロと同じような気持ちで作られたものなのだと思ったらすごく気持ちが悪くなった。自分の――ロロの気持ちが一番こもったチョコレートが一番だ、と思った途端、鞄の底に入れてあるそれがずしりと重くなる。
 ルルーシュは立ち上がると、特に悪びれもせずに――罰が悪そうにはしていたが――それらを拾い始めた。
 「……兄さん、何やってるの……?」
ひとつひとつ丁寧に埃を払って、手提げ鞄の中にしまっていく。ロロは開いた唇から水分が無くなっていくのを感じた。ルルーシュは、え、と振り向いた。
「何って、……落としちゃったから、拾ってるんだよ。貰い物を粗末に出来ないだろう?」
「でも」
「ロロも手伝ってくれないか?」
赤にピンクにオレンジに紫に、数えたらキリがない、ルルーシュへのチョコレート。それら全てにロロが今鞄の中に閉じ込めているチョコレートと同じ時間をかけて、ルルーシュのことを想って手作りした製作主がいる。
 ロロの頭がカンカンカンと鳴った。
 「兄さんの……兄さんのバカ!」
「え?」
ルルーシュが振り向く間もなく、ロロはギアスを使う。
 時が止まったルルーシュの手からチョコレートをひったくり、鞄にしまった箱もひったくり、さらにまだ落ちていたプレゼント全てひったくり、ロロは長い廊下を一目散に駆けていく。いつもは優しい兄さんだ、と思えるのに、何故だか今日は涙がこぼれた。



廊下の端まで走って、行き止まりの壁に勢いよく頭をぶつけた。何個か箱がバラバラと落ちたけれど構っていられない。そのまま直角に折れ曲がって、ロロは階段を上る。すたこらぜえぜえと昇っていると涙が気道を塞いでさらに胸が苦しくなった。
 行く場所を決めていなかったので、とりあえず階段を全て上った。のぼったら屋上に出た。屋上の風がロロの栗色の髪の毛を上へ上へ押し上げるので、力なく座り込んでしまってから手でぺたぺたと前髪を押さえた。バラバラとたくさんの色がロロの手から零れ落ちた。
 なんてことをしてしまったんだろう、と思いながら、それでも嫌だったんだもんと誰に対してかの膨れ面を作りながら、鼻をすすった。誰よりも自分が一番ルルーシュのことを知っているし、彼に大事にされてるし、その分思っていると思っていたのに、実際はもしかしたらロロなんかより実は何の見返りもなしにルルーシュを愛している人がいるのかもしれないと思ったら背筋が途端に冷たくなった。
 一ヶ月頑張ったチョコレートより、三ヶ月頑張った人がいるかもしれない。ロロは夜中しか練習できなかったけれど、朝も昼も夕方も、ロロの何十倍の時間も頑張った人がいるかもしれない。そんな人に勝てるとか負けるとかそんなことを思う自分が嫌だった。
 チョコレートを作っていたときのふわふわした気持ちがとても幸せだったから、その分、今の絶望感の大きいことにロロは呆然としていた。
 ああなんてことをしてしまったんだろう。ルルーシュを置いてけぼりにして、こんな冷たいコンクリートの上で寒空の下蹲ってる自分は何て惨めなんだろう。
 でも、ルルーシュはロロに素直に行動していいのだと教えてくれた。素直な気持ちを表すことは必ずしも間違いじゃないと怒ってくれた。から、もしかしたらこれで良かったのかもしれないと思った。
 (嫌だったんだ……)
誰が作ったチョコレートでも構わない。けど、それを嬉しそうにルルーシュが抱えるのを見るのは嫌だった。他人の気持ちを大切にするルルーシュは素敵で自慢な兄だと思った。それでも、嫌だと思った。
 「どうして……バレンタインなんかあるんだぁあああ」
バカアアアアアアとロロは叫んだ。格好良くて素敵でそんなルルーシュに思いを寄せている女なんかいっぱいいるに決まってる。そんな人たちに口実を与える日を決めたのはどこのどいつだーーー!とロロは叫んだ。

 「……ローマ帝国皇帝クラウディウス2世が士気の低下を理由にして、兵士の婚姻を禁止したが、キリスト教司祭だったウァレンティヌスは密かに兵士を結婚させていた。彼が捕えられ、処刑された日が今日、2月14日というわけだ。それがヴァレンタインデーの始まりだと言われている。実はバレンタインデーの起源は古く、ローマ帝国にまで遡り、家庭と結婚の女神ユノの祝日でもあった。ローマ帝国では翌日15日こそが、ルペルカリア祭という若い男と娘が愛を育む日だったわけだが、ローマ教会は古くから異教のユノの祭日を廃止もしくはキリスト教に関係・由来のある祭りにしたかった。そこで、ウァレンティヌス司教の名を借り、ヴァレンタインデーとした政治的意図も見え隠れする。――これがバレンタインデーの起源だと言われている」
「に、兄さんっ!?」
「こんなところで、何をやってるんだ。風邪をひくぞ」
「ど、どうしてここがわかったの?」
ロロの言葉に、ルルーシュは溜め息をついた。それは、廊下の端から端まで階段の踊り場にまで、一定感覚で箱が落ちていて、それを辿ってきただけだ、と言うのをルルーシュはためらって、結局口にしなかった。全て一個一個拾い上げて、鞄に詰めているのを知ったらまたロロは逃げるだろうかと不安になったせいもある。



 「追いかけてきたの?」
「そうだ」
「……これを、取り返しにきたの?」
「……そうだ」
しくしくしく、これはロロの流す涙の音じゃない、胸が軋む音だ。チッチッチッチッ、ロロはギアスの特性上、一分間を正確に計ることが出来たし、そのときの沈黙はぴったり一分だった。
「それを、返してくれ」
「イヤ」
「どうして?」
「どうしても」
ぷいっと視線を逸らせると箱箱がぐしゃっと音を出した。どうやら強く抱きしめすぎたようだ。
「ロロ、……返してくれ」
「イヤだ」
「じゃあ、そーんなにチョコレートを持ってるなら、これはいらないな」
「……?……!」
つい言葉に魅かれて振り返ったロロは、ルルーシュが真っ白な箱を顔の隣でカラコロ振ってるのを見て、えっと言った。
「俺の、一ヶ月がこもったチョコレートだ。要らないのか?」
「……それは、」
「俺のお手製特性ロロ用チョコレートだ!」
ルルーシュがにかっと笑った。
「知らないのか? イレブンではバレンタインデーは女性から贈り物をするのが一般常識らしいが、ブリタニアや欧米諸国では、男性から愛する人へのプレゼントも一般的だ。その代わり、ホワイトデーがないんだがな」
「……僕に?」
「そうだな。チョコレートに名前を書いてしまったから、お前にしかやれないな」
「……兄さんが自分で?」
「そうだ。このためにユークドゥで習字の資格も取得した。ロロ字は完璧な仕上がりときている。市販品にも劣らないだろうな。食べたくないのか?」
「食べたい! 食べたいよ!」
ぴょこんとウサギのように跳び上がったロロの両手をルルーシュはチョコレートの箱を持った腕を真っ直ぐに上げることでやり過ごした。
「じゃあ、交換条件だ。お前のその鞄の中に入っている、チョコレートと交換だ。俺たちブリタニア国民にホワイトデーはないからな」
「カバンの中?」
「毎晩俺のために、作ってくれてたんだろう?」
「……知って!」
ロロの驚きに、ルルーシュは頭をぽんぽんと撫でることで応えた。それからぎゅうっと抱きしめて、『こんなに冷たくなって』とルルーシュはよしよしと背中を撫でた。
「一ヶ月楽しみにしてたんだから、くれないなんて許さないぞ」
「知ってたなんてしらなかったよ。さすが兄さん!」
「変なところで感動するな。感動するなら俺のチョコレートを見てからにしろ」
「うん」
ロロはルルーシュを見て、にっこり笑った。ルルーシュひとりでこんなにも気持ちが左右されてしまうなんて、と自分でも驚きだ。
HR開始のチャイムが聞こえて、ロロはびっくりしたけれど、ルルーシュはのんびりと、『あーあ』と呟くと、その場に座り込んで、ロロの手を引っ張って隣に座らせる。
「どうせ遅刻なら、サボってしまおう」
「いいの?」
「今日くらいいいさ。どうせ、手荷物検査があるだろうし」
「えっそうなの?」
「だから下駄箱に詰めていく女子生徒が後をたたないんだ。ちなみに、これがお前の分」
ドサッと袋にルルーシュよりは少し少ないかもしれないがそれでも大量のチョコレートの箱を何処からともなくルルーシュは取り出して、ロロの膝に置いた。
「え、僕こんな……いらないよ!」
「そうか。じゃあ、後で俺の分を返しに行くときに、一緒に返しに行こう。二人で回れば泣き叫んで追いかけてくる女生徒も減るだろう」
「兄さん……」
「今日は一日中俺の傍にいろよ。……バレンタインにかこつけて、中にはヒートアップして過激な奴もいるからな」
「うん、わかった。兄さんの言うとおりにするよ」
「言うとおりじゃなくてもいいんだが。……まあ、いいか。――じゃあロロのチョコレートくれるか? 俺はこれだけでもう充分だよ。学校休めばよかったな」
にっこりとルルーシュがロロのあげた乙女チックな箱を嬉しそうに陽の光に透かすのをロロもドキドキした気持ちで見ていた。毎年バレンタインの度にこれからもしかしたら複雑な気持ちになるのかもしれないけれど、その度にこうやってルルーシュが気を使ってくれるなら、それはそれでいいかもしれないなとロロは思った。ルルーシュの箱に入っていた一枚の大きなハート型のチョコレートに達筆で書かれた文字にロロはもっとびっくりした。





20090214『ハッピーロロタイン!』


プチロロで配ったペーパー記載先サイトで先行公開してました。
wikiを参照しました。面白かったです。