銃口を、突きつけたことも突きつけられたこともある。銃は重い。
真っ直ぐに相手に向けるとき、相手のことよりその重さが気になる。ああ筋肉痛になりたくないなとか、鍛えておけばよかったなとかあの騒音が嫌だなあとか、そんなことをとりとめもなく考えていて、相手の最期の言葉とか時々聞き逃していることがある。ああこれでは駄目だと思って耳をすませるのだけれど、そうすると相手は黙ってしまうか命乞いをするだけで、とっくに相手のそんなもの興味がなくなっていたことを思い出して、迷わず引き金をひく。快感なんてないし、ただの事務的な作業をこなしたような感覚で、耳が悪くなったらイヤダナァとやっぱりずっと考えている。火薬の匂いは少しだけ好きだ。
突きつけられたとき、それは別に相手の意思とか関係なく、僕を殺すのは許せないと思う。それで抵抗して、結局は一度もきちんと致命傷に当たってないから僕は生きているわけだけど、頭に突きつけられたときの感触ってどんなだろうと僕は思う。毛根が削られそうだなぁとは思うのだけれど。
だから僕は、兄の部屋に忍び込んで、兄が鍵をかけて決して見ないようにしている引き出しを開けて、彼の秘密の道具をひとつ取り出してみた。
兄が、兄の兄であるクロヴィス殿下の額に突きつけた銃は、今軍が使っているものよりも少しだけ古い種のものだった。
兄は、これを何度も何度も捨てようとして、持ち帰ることしか出来ず、放置することも出来ず、しょうがなく自分の目につかない場所に追いやった。僕の兄は、そういう弱いところがある人だった。頭では駄目だとわかりながら、すべて何でもなかったフリをして引きずる人だった。そういうものを切り離せない、とても人間らしい人だった。僕はそんな彼が好きだった。
大義名分が、彼を強くするどころかどんどんと底の見えない淵に追い込んでいく。それを掲げながら、彼自身がそれを信じていないのだからしょうがない。僕は、兄がそういうのを見ない振りして頑張っているから、僕も見ないようにした。人間は矛盾を含む生き物なのだとそういえば、V.V.が言っていたような気がしないでもない。僕があの人に会えることは嚮団の中でも全然なかったのだけれど、だからこそその言葉だけどうしても心のどこかにひっかかっていて、兄に出会ってああこういうことだったのかと思った。彼にもそういえば兄がいらっしゃった。僕が時々兄を殺したくなる矛盾を含むように、V.V.もそんなものと戦っていることがあるのだろうかとふと思った。僕らには関係のないことだけれど。
兄が兄を撃った銃はまた一段と重かった。性能よりも、軍の見栄えを重視したものだからしょうがないけれど、それでもこれを、兄があの細い腕で持ち上げて、まっすぐとクロヴィスに向けたのかと想像して、少しだけ不快だった。兄が我慢するほどの何かを殿下が持っていたのかと思うと、苛立つ自分がいる。殿下は兄と血が少しでも繋がっているというだけで僕にはない何かを持っているのに、兄にどんな目をして撃たれたのだろう。兄はその最期の声をきっと記憶しているだろうと思うと、悲しかった。
兄は、僕とは違う。頭が良いせいで、何でもかんでも隅々まで覚えていて、忘れられなくて痛みを覚える人なのだ。罪悪感を彼が失ったわけではないだろう。僕には理解の出来ない世界で、苦しんでいるだろう。それを思うと、いたたまれない。
その銃をこめかみに押し付けてみた。僕はゴリッという音と共に、髪の毛が抜けた感触に眉をしかめて、それを机の上に戻した。こめかみを労わるように撫でていると、階下で扉が開く気配がした。
僕は慌てて引き出しの中に銃を収めて、鍵をしめて、スペアキーはポケットに戻した。
「ロロー? ロロ、いないのか?」
声がする。僕を呼ぶ声がする。僕は、いそいそと部屋から出ると、何でもなかったふりをして、僕を探している兄にここだよと返事をした。
きっと僕は、もしこの先、兄さんのために銃口を突きつけられる日がきたら、きっと命乞いもせずに目を瞑ってこの声を思い出すのだろうなとふと思った。それが良い。僕は僕の名前を呼んでくれる人がいたことをきっとずっと思い出す。ずっとずっと忘れない。







20090418『ガン見すること。』