――c.c.は嗤った。ロロを見て、ああ恋とはなんと愚かしいことだろうと目を細めた。
黒の騎士団が戦い荒らした街をなんとはなしにぼんやりと眺めていた。未だそこらから白い硝煙も土ぼこりも立ちのぼっていてひどい有様だった。
その先頭にたって黒の衣装に身を纏いゼロの仮面をつけて指示を出しているのがルルーシュで、その後を必死に追い自らも役に立とうとこまごまと働いているのがロロであった。遠くから眺めていると、まるで鶏とその後を追うひよこのようで微笑ましいような滑稽なような情景で、c.c.はだから何となく目で追っていた。
c.c.にはふたりを手伝う気など毛頭なかった。そこらを右へ行ったり左へ行ったり斜めに動いてみたり、せわしなく動く二人をだからぼんやり目線だけで追う。
夕暮れが廃墟に押し寄せてまるで世界がオレンジ色に包まれたかのようだ。c.c.の強い緑色の髪も風になびかされて橙色をきらきらと輝かせていた。足をばたつかせると舞う砂はまるで砂金のようで綺麗だった。
その太陽も沈みこんだ頃、ようやく全騎士団員を総動員していた救助活動や後片付けに区切りが付けられた。あちこちで『あちぃ』『やっと飯か〜』などとダミ声が飛び交う中で、c.c.は遠くにいるルルーシュの傍へ行こうと立ち上がった。自然、帰り急ぐ騎士団員たちと逆方向に歩くハメになり、なかなか彼の元へは思うように進めない。
「おつかれさま」
小さく、ロロの声が騒音に混じって聞こえる。c.c.には向けられないその優しい声が、彼が偽の兄へ好意をもっていることをわかりやすく伝えていて、c.c.はきっとこいつは隠す気がまったくないんだなと毎回思わざるを得なかったが、最近ではもしかしたら違うのかもしれないと思い始めた。そういう感情を持ったことははじめてで、だから隠し方を知らないのかもしれない。隠さなければいけないということすら、知らないのかもしれない。もちろん、隠さなければいけないものではなく、それは個人の好き勝手だから関係ないが、それでも普通は隠し通したいものだろう。他人にも、その感情を持った相手にも。ロロはひたむきにただ純粋にその思いを向けていたから、茶化す気にもなれなくなってしまった。
(興ざめってやつだな)
c.c.は心中で呆れたようにつぶやく。ロロに対してだったが、自分に対してかもしれない。
そんなロロの声に何事か低い声で返すルルーシュの声は似合わない労働のせいで疲れきっているのかか細くて聞き取れない。
そのまま、仮面をはずすことはなかったが、マントと下に着ていた薄手の上着を脱いでしまって、ロロにぽんと渡してしまった。ロロは頷きながら丁寧にそれを折りたたんで自分の腕の中に後生大事そうに抱え込んだ。
c.c.はそれを歩きながらぼんやりと見ていた。
ルルーシュは、そのままロロから関心がなくなったかのように視線を外し、蜃気楼≠フ方へ歩き出す。他のナイトメアたちも既に帰路を急いでいる。
c.c.はぼんやりと近づきながらロロを見ていた。
ロロは、渡されたマントと上着を大事に大事に腕の中に抱えていた。ルルーシュの背中をちらりと見ると、その中へ顔を埋めた。
――ああ、
c.c.は思う。
ロロの顔が沈み込んでしまった太陽も関係なく赤くほてっているのを見て、c.c.は唇の端をわずかにあげた。
(馬鹿なやつだ)
今、彼は鼻腔をくすぐるルルーシュの匂いに酔っていることだろう。うっすらと彼の身に付けていた洋服からかおる『ルルーシュ』と言う存在を改めて認識してひたすらまた彼に堕ちていくのだろう。ルルーシュしか見えていない瞳で、さらに世界をルルーシュだけでいっぱいにするのだろう。
(愚かなものだな)
人は好意を向けた相手にただただそれを向け続けるしか出来ないのだ。なんと、愚かなことか。長い長い時の中で何人も何千人もが恋愛などにうつつを抜かして身を滅ぼすのを嫌と言うほど見てきた。人は愛のためにやさしくなれるが愛憎のために酷薄になれる。ロロなどはそれの良い例だ。ルルーシュ以外にはどこまでも惨いことをいくらでも出来る。ロロはそのやさしさをただルルーシュのためだけにしか見せない。けれどそれは実はとてもわかりやすくて、c.c.はむしろそれに好意を抱くほどだ。
c.c.は思う。ルルーシュの衣服を抱きしめてただ大事そうに包むロロを見て、思う。自分は果たしてあそこまで幸せになれるだろうか。ただルルーシュの一挙一動に幸福になったり不幸になったりするロロのように、ただひとりのためだけに自分のすべてを操るように身体全体心から本当にただただその感情に支配されて世界で一番の幸せのようなしあわせに身を任せている自分を手に入れることが出来るだろうか。
ロロを見て、切なくなった。ただ、泣きたくなった。
しあわせそうにルルーシュに心を奪われたロロがうっとりと目をつぶるのを見ながら、c.c.は泣きたくなった。誰にでも愛されるギアスを持っていた頃も、今も、もしかしたら自分はそんなふうに人を愛せない。うらやましい、と心から思うのだから、やはり自分は手に入れることが出来ない。人から愛されることよりも、ただ純粋にひとを愛すことの方が難しい。何倍も何千倍も難しい。愛すことよりも、愛されることよりも、愛したひとのために自分が幸せになれることの方がよっぽど価値がある。その人の人生にとって、どんなに他人から滑稽に見えたって、それを出来ることが一番の人生の勝者だ――c.c.はそう思う。結局のところ、長く生きてみて、生かされてみて、自分はやっとそれに気付いただけだったのだと思った。
好きなひとの匂いに包まれて幸せな自分を、c.c.は負けだと思うだろう。そんなことをしている自分を世界で一番不幸だと思うだろう。それにどんなにしあわせを感じたところで、愛するひとの匂いにそんなにしあわせを感じた自分を惨めに思うだろう。叶わない思いだと知っていてなおそんなことをしてしまう自分を愚かだと馬鹿だと最悪だと思うだろう。――思ってしまう。確実に自分は、ロロのようにはなれない。ロロのようにしあわせには浸れない。ロロを見下しているわけでもうらやましいわけでもない。ああでもただ適わないと思う。あの場所へ自分が足を踏み入れることはない。
ロロはぎゅっとゼロの漆黒のマントを抱きなおした。
c.c.はその動作ではっと我に返って、また足を進める。ロロの方ではなく、ルルーシュの方へ視線を移して、ロロを視界から取り去った。緑の長い髪がなびいて、c.c.の視界を狭くすることを手伝ってくれた。
「お前も、罪作りな奴だな。そんなに罪を増やして何をしたいんだ?」
ルルーシュに近寄りながらそう声をかけると、ルルーシュは仮面の下でむっとしたようだった。一緒にナイトメアに乗り込むと、仮面を外して、彼は眉間にしわを寄せた。
「今日の作戦では多少負傷者が出たが、最善だったと思う。なぜ、そんなことを聞く」
怒っているようだ。
――c.c.は笑った。ルルーシュを見て、ああ恋とはなんと愚かしいことだろうと目を細めた。自分で自分の気持ちを抑えられない衝動はなんともどかしいことだろう。
c.c.は泣きたいのか笑いたいのかわからなくなって、曖昧に頷いた。
「そうだな。お前はいつだって最善の行動をしているよ」





20080727『包まれるつもりで包んでる』