きっかけははっきりと覚えている。
 褒められたことなんてなかったから、とても嬉しかった。
 いつかはあの画面の中に入るのだと思っていた。当然あるべき未来として。























 家族関係の交流がまったくと言っていいほどなかった家で育った反動か身内に対するルルーシュの思い入れは半端ない。一度『内』にいれてしまえば、自分の命以上に大切にする。他人はどうでもいいくせに、身内にはとことん甘い。そのギャップが、見ているこっちが恐ろしくなるほど天と地の差があるものだから、身内に入った人間はいつしか外に弾かれるときのことを考えると悲しくなる以上に恐怖に近い感情を持つのではないだろうか。――そんなネガティブ思考、誰も持っていなかったとしても、ロロはそうだ。
 ナナリーをとても大切にするように、ルルーシュはロロをとても大切にしてくれるようになった。従兄弟同士だった頃は、親戚に優しくする仮面をかぶった男の子だったルルーシュは、ランペルージ家にようやく慣れだして本当の優しさをくれるようになったように思う。どうでもいい人間に優しくするのはとても簡単だけれど、身内に優しくするのも簡単なのだとルルーシュはある日ぼそりと零していた。ロロはそんなもんかな、と思ったけれど、今なら頷ける。ルルーシュには自分の命を真ん中において、どうでもいいか大切にする価値があるか、でしか人間をはかる術がないのだ。いいや、他にも沢山あるのだろうけれど、最終的にはそうなってしまうのだろう。ロロだって似たようなものだ。好きか、嫌いか、興味がないか。その三択だ。





 夕食の席で、ロロはこってりと一学期の成績のお説教を喰らった。ルルーシュは何だかんだ言って庇ってくれたけれど、このままではルルーシュが通う私立の高校にはとてもじゃないけれどいけないぞ、という両親の意見に反論は出来なかった。
 ロロも出来れば同じ高校に通いたいなぁと漠然と思っていたので、しゅんと反省した。ルルーシュは一年にして生徒会に出入りしていて、二年になったら本格的に役員に立候補するという。間違いなく当選するだろうから、ロロもそのお手伝いが少しでも出来たらいいなと思う反面、部活を頑張りたいなと思う。ルルーシュの生活を見ていれば、学生生活の半分以上を生徒会に占拠されるようだし、そうなれば部活部活と言っていられなくなってしまう。
 嫌だなぁと思いながら食べ終わったお茶碗や食器を流しに置いていると、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。廊下まで移動して、通話ボタンを押す。
 「はい」
『あ、ロロ?俺』
うん、と頷く。相手は部活内で一緒に活動しているグループのリーダーだ。何だか相手の声はいつもと違って落ち着きがなく、何処となくテンションが高い。
「どうしたの?」
『――決まった!』
え?と問い返すと、堰を切ったように彼は話し始める。ロロは瞬きすら忘れて、壁の染みを数えるように見つめていた。
 「……ロロ?」
「あ、……とりあえず、明日直接会って、もう一度話聞かせて。え、いや、うん」
ルルーシュが扉のところから覗いているのに気付いて、ロロは、慌てて電話を切る。リーダーは明日は暇がないとか叫んでいたような気もするけど、とりあえず電源を落とす。その指が細かく震えた。
 「また、部活の話か?」
「あ、ああうん、そう。何か色々あったみたいで」
「部活もいいけど、勉強もしろよ。受験の夏だろ?」
「あ、うん、そうだよね」
はは、と笑うと、ルルーシュは怪訝そうな顔をした。
「何かあったのか?喧嘩か?」
「違うよ。今まで扇さんと喧嘩なんてしたことないもん」
「……そうだったか?」
ルルーシュは疑わしげにロロの瞳を覗き込んでくる。確かに、何度か扇をからかって遊んだことはあったかもしれないとロロは間近に見た兄の顔に恥ずかしくなって伏せるようにルルーシュの拘束からすり抜けた。
「ロロ、お風呂沸いてるぞ」
「……あー……ちょっと、コンビニ行ってこようかな。暑くて。頭冷やしたいし。アイス食べたいし。何か食べたいのある?」
「頭を冷やすって、やっぱり……。ひとりじゃ危ないだろう。俺もついていく」
ロロが靴を履いていると、ルルーシュも待て待てと慌てて靴を取りだす。
「夜中にアイス食べたら太るぞ」
扉を開けながらそんなことを言うルルーシュにロロは笑う。
「少しくらい太って大きくなりたいよ。兄さんに早く追いつきたい」
ドアはルルーシュが開けてくれたから、お返しに門はロロが開けて待っていた。玄関から漏れる光がルルーシュを背中から照らしていて綺麗だなと思う。
「アイスで大きくなれるか。お腹壊すのがオチだな。ロロはお腹弱いんだから気をつけろよ。そうじゃなくてもクーラーにすぐにやられるんだから」
ロロは確かに、とルルーシュを見る。よく見ている。ロロが腹痛を起こしやすいのも、それが夏はさらに多いのも。
 「兄さんが、本当の兄さんだったら良かったのに」
ぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュがぎょっと振り返ったので、ロロの方が慌ててしまった。
「あ、違うよ、他意があったわけじゃないんだ。単純にそう思っただけ」
蛍光灯の光しか頼るものがないコンクリート道。だけど田舎道。蝉の鳴き声は毎年のように盛んではなく、二人の無言を保つには充分じゃない。しくじったな、とロロは思った。ルルーシュは口を噤んでしまった。
(どうしてだろう)
自分は他人に対する配慮があと一歩足りないのだ。――自分に余裕がないときは特に。余裕がない自分をさらに追い詰めるようにロロはミスばかりする。落ち込みたくないのに。
 俯いて見たつっかけてきた運動靴はボロボロで、前を歩くルルーシュの綺麗な革靴とは比べ物にならないことに、ロロはまたルルーシュと己の違いを認識する。ルルーシュ兄妹には少なくない額が本家のブリタニア家から援助されている。ルルーシュ自身はそのお金に手をつけることは不本意のようだが、まだ学生であり、ナナリーもいるということでこの頃は開き直って受け取っているようだ。もっとも無駄遣いはせず、ナナリーが自立したときようにと貯蓄に回しているようだが。自分の貯金にいれないところがまた彼らしい。ルルーシュは自分で自分の力で生きていけると思っているし、実際そうなるだろう。彼は凡人じゃない。ブリタニア家なんて目じゃないほどの財産を築くかもしれない、と密かにロロは将来を楽しみにしていたりした。けれど、シャルルのようにお金にも地位にも執着しなさそうなルルーシュなので、もしかしたらある程度稼いだら惜しげもなくすぐに隠居生活に入るかもしれない。盲目で足の不自由なナナリーの介護をして、ゆっくり暮らしたいといつだかそう言っていたから。そんなところも適わないなと思う。ロロは、そんな風に全て手放すことが出来るだろうか?
 「で、何があったんだ?」
ルルーシュがくるりと振り返った。夜の影は黒い。ルルーシュの表情がよく見えなかったので、小走りでルルーシュに追いついて、ロロは横に並んだ。ある程度近くに行ってルルーシュは怒ってないようだと確認して知らずほっとする。
「うーん……。あ、そうだ、兄さん、花火大会行こうよ」
「花火大会?」
「そうそう。去年、雨で結局中止になっちゃったじゃない。海でやるやつ。今年はお盆すぎかな?浜辺まで降りてさ、きっと観光客でいっぱいだろうけど、綺麗だと思うんだ」
「車椅子は降りれるかな」
「あ……そっか、ナナリーの車椅子、どうだろう……人がたくさんいると不安だよね」
「そうだな。車輪に細かい砂が入るとあとの手入れも大変だしな」
ルルーシュは確認するようにコンクリートの道をその革靴でトントンと歩きながら叩いた。ロロは落ち込んだ。
(また、自分勝手だ……)
ナナリーのことなんてすっかり忘れていたロロがいる。花火大会にルルーシュと二人で行くことしか考えていなかったロロがいる。そして、今も二人で行きたいなと思っているロロがいる。こんな自分を知ったら、ルルーシュが幻滅するだろうと心配して懸命に取り繕ってるロロがいる。









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20081021『Fire Flower 2』