最初っから、全部大好きだったよ。





















 「手、繋がないか?」
ロロの持っていた旅行カバンをすくいあげるついで、という風に手を差し出してきたルルーシュに一瞬びっくりしたが、ロロは小さい頃したようにそっとその手に触れた。生温かい夜風よりも冷えた手の平に心地よさを感じた。じんわりと汗をかく自分の手が気になったけれど、まぁきっとこんなチャンス最後だろうなぁとロロは諦めることにした。今更そんなことでロロを嫌いになるようなルルーシュでもないと思う。
 「懐かしいな。初めて会ったときは、逆だったな」
「……初めて?……ああ」
ロロはルルーシュの言葉に昔を思い出した。色々な歌を歌って聞かせたあと、ロロはでもやっぱり墓場の間を縫って歩くのは怖くてルルーシュの手を半ば強引に掴んで葬式会場に戻った。その後、ルルーシュは東京に直帰はせず、二、三日ロロの家に泊まったのだ。彼はナナリーが気になって仕方ない様子だったけれど、ロロの両親にしてみればこちらの生活を少しでも知っておいて欲しかったのだと思う。それにルルーシュはしっかりしているとは言ってもまだ子供だった。ひとりきり東京に戻すのは親戚として不安だったのだろう。父親に荷物を持ってやれと言われ彼の小さな旅行鞄を家に運んだのはロロだった。――そんな些細なことをルルーシュは覚えていてくれたのだ。
 「歌、あの頃から上手だったもんな。お前の歌声好きだよ。――扇に、聞いた」
こちらを見ずに前を見据えてそう言ったルルーシュの言葉にロロはガツンと頭を殴られた気がした。衝撃に、そ、そう、としか言えなかった。
「……今日、花火大会だったんだ。お前が言ってたやつ。そんな日に出かけるなんて、おかしいと思った。東京に、行ってたんだな」
「あ、うん、……花火?ああ、そっか、今日だったんだ」
ルルーシュの顔が見えないし、見れなかった。何となく罪悪感がした。
 日にちの感覚が扇がデビュー話を持ってきてからどうもしない。それで花火大会今日だったのかとぽかんと残念な気分になった。どうして大切なものがうつろにしか見えないのだろう。現実感が全然しなくて、浮き足立っているようだ。
 ぎゅっと手に力が込められて、はっとした。ロロはルルーシュを見たが、ルルーシュは特に何も言わなかった。
 コンビニの前を通りすぎようとしたとき、ルルーシュがちょっと待ってろと、ロロの手を離した。ロロは頷いた。コンビニに入っていくルルーシュをぼんやりと待つ。
 ずっと、兄と一緒にこの町で育ってきた。ロロはここ以外の生活を知らない。ルルーシュと離れて、不安でいっぱいの生活の中で、歌なんて歌えるのかとロロは思う。ジェレミアのようにこの町に残ることを選択してもいいのだと思った。今から頑張ってルルーシュと同じ高校に進んで、生徒会に入って、時々思い出したように歌えばいいのではないかとも思う。ルルーシュに頼めば文化祭のステージに紛れ込ませてもらうことも可能だろう。ジェレミアがいれば二人でも発表は出来る。それを糧にして生きていくことだって可能だ。――今までだって、歌手になりたいという漠然とした夢のために毎日頑張ってきたのだから。
 「何だ、泣きそうな顔をして」
出てきたルルーシュがいつの間にかロロの前に立っていて、不思議そうな顔をしていた。何も答えないでいると、ルルーシュは笑って、ちょっと付き合えと手をまた引っ張って、繋いだ。指と指が絡んで、温かかった。
 海岸に下りると、砂浜に何かを並べ始めた。
「花火するの?」
「嫌か?」
「ううん」
手持ち花火のセロハンを丁寧に取りながら、どれがいい?と今買ったばかりのファミリーパックを指差すルルーシュにロロは笑った。
 「東京は、どうだった?」
ライターで蝋燭に火をつけながらルルーシュが聞くので、ロロは何本か欲張っていっぺんに持った花火をくるくる回しながら、
「人がたくさんいた。ビルも高かったよ」
とだけ答えた。ルルーシュは、だろうなと答える。
 それから詳しく東京で見たことの話を花火をして騒ぎながらした。ロロの言葉にそうか、と質問と相槌だけを打つルルーシュの顔も、けれど明るい。
 残ったのは線香花火だけになった。一本ずつ火をつけて、二人で向き合ってしゃがむと、ルルーシュは声を一段低くした。
「それで、……行くんだろう?」
ロロは答えなかった。答えられなかった。
 パチパチと小さな打ち上げ花火のような線香花火を見ながら、黙っていた。
 ロロの火の方が先に落ちた。手が震えていたせいかもしれない。ロロはもう一本つけようと砂浜を探った。その手を取られた。
「――大丈夫、きっと、成功するよ」
その手も震えてた。ルルーシュの線香花火の火の玉もぽとりと落ちた。辺りから光がなくなって、海の向こうに月が見えた。
「ロロの歌、好きだ。音楽なんか興味ない俺が言うんだ。絶対成功するよ」
「兄さんなんか…嫌い」
ロロはその手を払う。
 そしてもう一本探す。爪の間に細かい砂が入り込む。それでも一本掴んで、それをグシャリと手の中で潰してしまった。胸の中がグラグラしてグルグルして気分が悪い。どうしていいかわからなくて、拳に力をいれるしか出来なかった。
 扇の嬉しそうな顔と、カレンの頑張るという言葉が頭の中で回った。ロロも行くんだと二人とも確信している。それに『うん』とも『否』とも答えられない自分が情けなかった。ジェレミアが書類を突き返すところが浮かんだ。あんな風に格好良くきっぱりとルルーシュを選べない自分に嫌気がした。歌手になりたいと漠然と思って今まで生きてきたけれど、夢は夢だと思ってきたのだろうか。なりたいなりたい、とただ思ってきた。それが目の前に転がりこもうとしてきたのに、それを掴もうとしたらルルーシュの顔しか浮かばない。ロロはそんな自分に怒りが湧いて、同時に悲しかった。夢を掴めるのに怖気づく自分に絶望した。みんなのようにどちらかをすぐに選択できないなんて、どちらも本当に求めていないようで、ロロは自分を裏切ったような気持ちに泣きたくなる。
「……好きに、ならなきゃよかった」
「ロロ……」
「僕、兄さんなんか好きにならなきゃよかった!」
「……ロロ?」
「兄さん、好き。僕、兄さんが好きだ!誰よりも好き。ずっとずっと好きだった。でも、好きにならなきゃよかった。そうしたらはじめっから、僕、何にも好きなものなんか出来なかったのに。そうしたら、悩まなくったってよかったのに!」
泣きながら線香花火をルルーシュに投げつけた。そうしてもう一本探して、それに火をつけた。
「ロロ、お前、」
「……っ」
 ルルーシュは呆然として、ロロを見ている。ロロはその視線を痛いほど感じながら、線香花火を見つめて涙に早くおさまれと念じていた。パチパチと金色の花が散ってはあがる。
 「ロロ、」
肩を掴まれて無理矢理ルルーシュの方を向けられたせいで、線香花火の火の玉はまたぽとりと無残に落ちた。
「何す……っ」
目を見開いたロロの前にルルーシュの大きな瞳。ロロはされるがままに目を瞑った。
 ――口付けをした。
唇にあてられたルルーシュの唇がやわらかくて気持ちよかったけれど、涙がとめどなく流れて、ロロは頭の中でぼんやりと申し訳ないなと思った。ルルーシュの頬をきっと濡らしてしまっている。
そのあと、ぎゅっと抱きしめられた。
 「絶対、成功するよ」
離されたルルーシュの唇が一番に紡いだ言葉はそれだった。ロロは首を振った。彼の胸の中に頭をうずめる。
「嫌だ、行きたくない。兄さんと、離れたくない」
「でも、夢だったんだろ」
「兄さんと離れてまで叶えたいなんて思えない。一緒にいたい。ずっと、一緒にいたいよ」
泣いていやいやをするロロに困ったように頭を撫でたルルーシュは、けれど、言葉を探してきっぱりと言った。
「俺が一緒に、……ここにナナリーと一緒にこようと思ったのは、お前のおかげだよ。おかげで、ナナリーはあんなに元気になったし、俺も、したいことが見つかった。そのロロが、俺のせいで何も出来なくなるなんて嫌だ。ロロも行きたいんだろ?小さい頃からずっと『歌手になるんだ』って言ってたじゃないか」
「でも、……ジェレミアさんは残るって言ってる」
言葉が探せなくて、ジェレミアのことを出したのはロロもずるいと思う。ルルーシュはロロの背中をぽんぽんとあやすともう一度ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「あいつはあいつだ。ロロは、ロロだろ」
でも、と言い募ろうとすると、ルルーシュは笑った。
「俺、ロロの歌声大好きだよ。でも、ロロも大好きだよ。選べないから、どっちも応援する」
そして、結局どっちにしても結果は同じだろ?とルルーシュは耳元で囁いた。
 「お義父さんとお義母さんには、俺も一緒に言ってやる。きっと、喜ぶぞ。二人とも、ロロのことすっごく心配してる」
「でも、僕……」
歌を好きになったのは、ルルーシュのおかげだ。歌ってきたのはルルーシュに褒められたかったからだ。好きな人を振り向かせる手段でしかなかったように思う。
(……そうだったっけ?)
ロロはルルーシュに抱きしめられながら、思う。そんな理由で本当にずっと歌ってきたんだっけ。歌うのが好きだったんじゃないのか。歌手になりたいという夢を目標に頑張ってきた。でも、ルルーシュのことも大好きだった。本当にどっちも大好きで、比べられないのだ。どっちもロロの生活には必要不可欠で、どちらかがなくなってしまうなんて今のロロには考えられない。だから、ルルーシュを選べば、ロロは少なくともどちらも失わずにすむ。だけど、大切なものがロロの中からすり抜けていくのは理解できる。――そして、そんな卑怯な理由でルルーシュをとる自分をロロはいつか許せなくなるのではないだろうか。
 「ロロ、東京に行ったからって、俺はロロのこと嫌いになんかならないぞ」
「兄さん……」
「俺はついていってやれないけど、電話だってメールだって、出来るだろ。昔じゃないんだから。テレビ電話だって買ってやってもいいし、新幹線に乗ればすぐだ。一ヶ月に一回は帰ってくればいい」
「でも」
「ロロ、好きだ、大好きだ。――だから、頑張れ。頑張れ。負けるな」
ボロボロと涙がこぼれてきて、息が出来なくなる。構わずにルルーシュの胸に顔をうずめるとさらに息がしにくかったけれど、それでも腕に力をこめてぎゅううっとルルーシュに抱きついた。
 「だいっ嫌いだ」
「ロロ……」
「僕、頑張ってみるよ。兄さん、ありがとう」
そう言って、ロロはルルーシュから手を離して、立ち上がった。涙を拭う。
 線香花火を十本もいっぺんに掴んで火をつけた。
 「兄さんのバカ。僕がいなくなったら、寂しくて、きっと毎日つまらないからね!知らないよ!」
パチパチと輝く線香花火の束を見て、ルルーシュははじめぽかんとしていたが、にやっと笑った。
「自慢の弟になってみせろ」
ロロは、蝉の声を聞いていた。さざ波の音を聞いていた。いつもルルーシュと聞いていた音だ。これからしばらくはきっと聞けなくなるから、胸に留めておこうと思った。
 「――兄さん、」
振り向いて、これで最後にしようと思ったわがままを言ってみる。これから自立して頑張ろうとする自分に、せめてものプレゼント。
「もう一回だけ、キスして」
ルルーシュは立ち上がって、笑った。顎に手を当てて優しく口付けてくれた。この人を好きになって良かったと思えるくらい優しいキスだった。好きなことを見つけられたのも、続けられたのもルルーシュがいたからだ。応援してくれた優しい兄。ルルーシュという存在は、ロロの中でとても大きくて、優しくて、大切なものになった。出会えて良かった。一緒にたくさんの毎日を過ごすことが出来て本当に幸せだった。好きなものがたくさん出来て、それを大切にさせてくれて、感謝してもしきれない。初めて会ったあの日から、最初っからルルーシュが大好きだ。
 今度は、ロロの頬がルルーシュの涙で濡れた。バチバチと小さな花火がロロの手元であがる。




 ――ロロは、上京を決めた。夏のことだった。








終 +α1









ここまで読んで下さりありがとうございまいした。
この『Fire Flower』は『Fire◎Flower』という曲からタイトルと一部歌詞を拝借しました。
興味がある方は良い曲なのでググってみて下さい。(´v`*)
拙作品と製作者様とは何の関係もございません。個人の妄想です。






20081210『Fire Flower』終