ロロが落ちていた。だから拾った。――それだけだ。




















 ロロが死んだとき、彼はルルーシュに向かって、嘘つきだから、と言った。その言葉がずっとルルーシュの中で渦巻き続けて消化出来ない。
 自分を欺いていたからとは言え、ルルーシュにはロロと一緒に過ごしてきた一年間があった。ルルーシュは人間だ。父親とは違う。一年もの間近くにいた人間に情が移らないということはないし、そうしてそれが出来ない自分ではないとも思いたかった。ロロは不本意ながらもルルーシュにとってとても近しい人間だったし、一時は本当の弟だと思って愛情をこめて接していた時期があった。そんな彼が死んでしまって、ルルーシュは悲しかった。
 自分を守るために死んだのだと頭が理解したときに、初めて後悔した。ロロのことをもっと信用してやればよかったし、また自分のせいで親しい人間が死んだのだと思うと大きなもので潰されそうなほど苦しかった。全てはナナリーのため、その信念の元で動いてきたけれど、ルルーシュだって人間だ。大切な人を少なからず失いたくないと思うのは当然だ。それでもぽろぽろりとたくさんのものが欠けていく。
 ロロが死んだとき、何がしてやれるだろうと考えて、結局ルルーシュ個人が持っているものは自分の手足だけだった。それでせっせとお墓を掘った。土は海岸線の近くにあるので粘土層が強いのかと思いきや、とても硬かった。それでもせっせと掘った。爪が欠けたので丁度良い木の枝を探して地面を突いて壊したけれど、それよりも手の方が早いことに一時間たってから気付いてまた掘った。
 掘っているうちに何故だか泣けてきた。自分の今の状況もだし、ただ単純にロロが死んだことが悲しい自分にルルーシュは気付いてぽたぽたと土が黒く変色していくのを見ながら掘り進んだ。ひと一人分の穴は容易には出来なくて、筋肉痛になりながらもまだ掘った。
 どうしてロロが死んだことが悲しいのだろうと思った。利用して捨ててやろうと思った。それが達成されたのだから悲しむどころか喜べばいいのに、それなのにどうしてと思わずにはおれない自分がいて、ああもしかしたらロロのことがきちんと好きだったのかもしれないと思った。
目を瞑って寝ているように見えるロロの頬を泥を払った手でそっと触った。張りがあってぷっくりとしていた頬っぺたはこけて硬くなっていて、何度も撫でながらルルーシュは涙がこぼれるのを止められなかった。
 「嘘つきは、お前じゃないか……」
嗚咽と共にこぼれでた言葉がルルーシュの本心だったのだと自分で気がついて、溜め息を隠すようにロロを抱きしめた。泣き顔を、弟に見られるのが嫌だったのかもしれない。弟だった頃、毎日のように抱きしめていた体から温もりが消えていたけれど、ロロは寝ているのだと思うことにした。彼がもう口も開かず何も語らないのだと思うのは、寂しすぎる。
「こんなに痩せて、……大丈夫だったわけ、ないじゃないか……」
黒の騎士団のゼロとして本格的に活動を再開させてしばらくすると、ロロは当然のように仲間に加わっていた。加わるというよりもルルーシュの近くにいて補佐をしていた。いつの間にかそこにいて、ゼロであるルルーシュをも助けるようになっていた。ルルーシュはロロが弟じゃないとわかってから、ロロに対してよそよそしくしか接することが出来なくなった。当たり前だ。今まで肉親だと思っていた人間が赤の他人だったのに、今までと同じように接しろと言うほうが無理に決まっている。赤の他人よりも深い溝の向こう側にロロがいるように感じた。そんなロロがゼロとしてのルルーシュを補佐するたびに、自分の中で何かが上手くかみ合わなくてルルーシュは困惑したものだ。ロロにどう接していいのかわからなくなって、出来れば無視して知らないふりや冷たくしたいのだけれどそれは許されない状況で、ロロへの気遣いはどんどん減っていった。ときどき社交辞令のように聞く、『ロロ、大丈夫か?』にロロはいつも笑って応えた。大丈夫だ、と。よくよく思い出してみれば、嚮団とルルーシュとの間で板ばさみになって神経を一番すり減らしていたのはきっと彼だったのだ。それなのにルルーシュにはそんな素振りを見せようともしなかった。
「お前も……嘘つきじゃないか。全然、大丈夫じゃなかったんじゃないか……」
嘘をつかない人間などいない、ということにルルーシュはやっとその時思い立った。それがどんな形の嘘であれ、本心を隠すのが人間の性だ。大切なナナリーにもきっとルルーシュを心配させないようにと配慮しての嘘はあったはずだし、だけどそれなのにどうしてルルーシュは他人を傷つけるばかりの嘘しかつけなかったのだろう。――ロロを喜ばせる嘘くらいいくらでもつけたのに。それを許せないプライドはなんと醜かったのだろう。
 しばらくロロを抱きしめていたけれど、涙の筋が風によって乾いてきたのを確認してルルーシュは腕でそれを拭うとまた穴を掘る作業に没頭した。海風がだんだんと冷たく鋭くなってきて、ルルーシュは何となく小さかった頃のことを思い出していた。ナナリーとスザクと三人で夕方になるまで神社の境内の中で砂の山を作っていた。地面が固かったからスザクが持ってきたシャベルと如雨露で水をかけて柔らかくして一生懸命掘って、ナナリーがぺたぺたと大きな山をこしらえていた。思い出し笑いをくすりとしてから、ルルーシュはロロを振り返った。ロロは、砂で山を作ったことはあるのだろうか。砂場や小さな公園の滑り台やぶらんこで遊んだことはあったのだろうか。ロロは…………。
 砂をかけるのはあまりにも可哀相だったけれど、これでもうゆっくりロロは休めるのだと無理矢理自分に言い聞かせてルルーシュはそっとロロを横たえた。別れの言葉を口から吐き出しながら。――それがロロが死んだ日の話だ。それから三週間がたとうとしていた。




 買い出しから家への帰り道、まだ日も高いというのに少年がひとりコンクリートの上に横たわっていた。ルルーシュは眉をひそめた。少年と言うよりは小学生低学年の子供のようだ。赤い帽子に赤いぽんちょが遠目からも鮮やかで、そんな子供が一人車が通ってもおかしくないような公道に寝そべっている。
(なんだ? なんの遊びだ?)
ルルーシュははじめその子供が迷惑極まりない流行の遊びをしているのかと思ったが、どうにも周りに友達らしき人影もない。それでゆっくりと近づいてみた。
 死んだように目を瞑って、ぴくりとも動かない。曲線を描く頬の形が死んだ弟にそっくりだった。髪の色も、ぴんと突き出した数本の髪の毛までそっくりで、ルルーシュはつんつんと突いてみた。
 少年がゆっくりと目を開ける。ルルーシュは驚いた。その丸い瞳の色さえも、そっくりだったからだ。
 「ろ、ロロ……?」
ルルーシュは驚きすぎてそう聞いてしまった。そんなはずはないと自分でもわかっているのに、唇が勝手にその名前を紡いだ。小さな少年がぴくりと動いて、上半身をむくりと上げた。かがみこんでいるルルーシュに向かって手を伸ばしたかと思ったら、黒色のアッシュフォード学園の制服の裾をつかんだ。彼は無表情のままじぃっとルルーシュを見ている。
 「……何をしている?」
冷静さを取り戻そうと息を吸ってそう聞くと、彼は首をちょこんと傾げた。何をしているのだろうと自分でも考えている様子だ。ルルーシュは瞬いた。
「遊んでるのか?」
首を振るので、
「気分が、悪いのか?」
と聞いてみるが、少年は自分の体を見下ろして首を傾げた。
 とりあえず彼を立たせて、砂埃を払ってやる。彼はその間もじいっとルルーシュを見つめていて、何だか居心地が悪かった。ロロとそっくりの子供は、ルルーシュが見たことのないロロを垣間見ているようで複雑な気持ちだった。
 ロロが死んで三週間。ようやくルルーシュはロロの死を受け入れることは出来なくても、理解することが出来るようになっていた。ふとした瞬間に名前を呼んでも、返事が返ってくることもないことがようやくわかったし、それに落胆することも少なくなった。遺体を持って返ってやれればよかったとは思ったが、ルルーシュひとりの力ではそれをすることも出来ない。無気力のまま、黒の騎士団やブリタニアの兵士に見つからないように隠遁生活をしている。幸いにも何事かあったときの為にと隠れ家を用意していたのが役に立った。着るものも制服しか置いてはいなかったが特に困ることもない。そろそろ寝返ってはいないだろうメンバーの情報収集や整理が出来て動き出そうかと思っていたところだった。
 目の前に、ロロにそっくりの少年が横たわっていたのは。









200900202『tune.1』